和ごよみ短編集
《其の32》『はいる』
「あけおめー ばあちゃん」
俺は、同居する母方の祖母に挨拶をした。
しかし、戻ってきた返事は俺の予想とは違っていた。
「何?その挨拶は……」
俺は、思わず考えた。声に出した言葉は、自分が思っていた言葉と違ったのだろうか?
もう呆けたのは俺なのか?
ほんの十数分前、リビングでは、国営放送の行くだの来るだの、厳かな除夜の鐘の鳴り響く番組を観ていたが、俺は、カウントダウンで年明けを迎える番組を観ていた。
華やかなクラッカーの音を背中に聞いて、部屋を飛び出してきたのに俺は一気に落ちた。
「ばあちゃん、あけおめっていうのはさぁ あけましておめでとうってことでさぁ」
「それくらいおばあちゃんだって知っていますよ。そうそう年寄扱いしなくても」
確かに 俺のばあちゃんは、身体や体力は年相応だと思うけれど、集団の女子グループや男だらけの事務所のこともよく知っている。俺のゲームを横からちらりと見ては嬉しそうに興奮しているみたいだ。略した言葉だってきっと俺のほうが疎いかもしれないほど 頭の中は若いと思う。
じゃあ 何故?
「そういう挨拶は友だちとしなさい。おばあちゃんの世代は やっぱり普通のほうがありがたみがあるからね。はい、あけましておめでとう」
「あ、あけましておめでとうございます」
「ねぇ、落ち着くでしょ」
ばあちゃんは、くすっと可愛らしく笑った。
参るな…… 今年もばあちゃんには敵わないや。
正月の元旦、家族で近くの神社に初詣に出かけた。やや坂がある所のばあちゃんの付き添いは 毎年何となく俺の役目だ。頼まれたわけでも付き添うというほど ばあちゃんの脚が弱っていたわけでもない。ばあちゃんの傍が心地よいのかなぁ……。バアチャンっ子ってわけでもないつもりだけど、ばあちゃんと歩くのは嫌じゃない。
神社での参拝の仕方も ばあちゃんの見よう見真似で覚えたのかもしれない。
「けっこう暖かいね」
「これからだね」
ばあちゃんの何気ない会話は、ほわほわっと ごほごほっ… って境内の焚火の煙をいきなり吸い込んでむせた… あれ? なんだっけと過ぎていった。
暖かな日は、二、三日続き、俺は友人と出かけたり、家でごろんと寛いだりして過ごした。