和ごよみ短編集
《其の31》『さかい』
高校時代からの友人で、ちょっと変わっている子のこと。とはいっても学力がずば抜けていいとか、容姿端麗だとか、お笑い芸人さんのように賑やかしくも ドジばかり目立つおっちょこちょいでも あわてんぼうでもない。
たぶん幼い時からの育った生活環境と私よりもずっと読書好きなせいじゃないかと思っています。
当時、彼女と私は同じ学校ではなかったけれど、お互いの通学路が同じ方面だったこともあって、途中にある図書館で出会いました。もちろん 私は図書館など頻繁に利用することはありませんでしたが、その年の夏は猛暑続きで 図書館ならば涼しく宿題ができるかな、くらいの気持ちで行きました。
同じような輩はいるようで、その日の図書館は満員御礼の札でも下がっていそうな混み具合でしたが、やっぱり場所が場所、人の多さと騒音は比例してはいませんでした。
静かな館内で響くのは、椅子を引き摺る音くらいのもので お喋りの声もそれほど気になるものではありませんでした。それに私は 消毒とも違う鼻の奥に直接届くようなにおいが ちょっと好きでした。街の書店よりも少しだけ薄い 本特有のにおいなのでしょうか。
とにかく、空いている席を見つけ、目的の為にノートを開くスペースを探していました。
大きなスポーツバッグを足元に置いた汗臭い部活帰りの男子の傍も避けたかったし、ネクタイを締めた神経質っぽいおじさんの間に挟まるのも嫌でした。
そんなとき一席。同年代の女子の横に見つけました。
私の念が 彼女に届いたかのように本から目をあげたのです。
『いいですか?』音にはならない口の動きで 彼女に訊きました。その彼女は、わからないほど小さく頷いて見せ、椅子を少し後ろに引いて 私を待ってくれました。
「ありがとう」
私は、彼女だけに聞こえるくらいの声で言うと、また本を読み始めてしまいました。