和ごよみ短編集
《其の28》『こはる』
窓硝子を揺らめかせてみせる少し暖かい陽が僕の部屋の中ほどまで射し込んでいる。
ベランダとの境の銀色枠にはめられた硝子は、上側は透明で下側は模様入りの擦り硝子になっている。別に何の面白味もない。少しだけ板張りの床にその模様を写しだしているだけだ。
窓から見える景色は 春は桜。夏はうっとうしいほどに緑の杜となり、秋は紅葉と落ちていく葉。ひとつの季節の変化が秋だけ忙しく感じるのは僕だけだろうか。
見頃の紅葉風景も 手近かにあるとたいして見ることもないらしく、上を見るより風に吹き流され足元でカサカサと音を立てている落ち葉ばかり見ているようだ。
それでも、青空は清々しく気持ちいい。
木々には悪いが、邪魔されず空を見上げれば、いろんな出来事も穏やかに静まっていく。いや、そんなに窮屈な思いをしているわけではないのだが、社会の?会社の譲歩されているようで押し付けられている中間どころの立場も自覚してきた。
しかし、物事はほどほどに過ぎているし、適当な時間が僕の余暇を作ってくれる。
生活の寒暖も 秋の季節に似ているかな。
冬は来るのかなぁ。
たしかに 朝夕は寒さを感じるようになったものの、晴れた空を見る日の昼間は 汗ばむほどの陽気で上着など脱ぎ捨てたいほど暖かい。
たぶんこんな日だったんだろうな。
記憶の中にあるのは、ただ照れくさくて それに向き合うのも恥ずかしくて親父の腰の陰から覗き見をしていた。小さい僕の手の中にもっとちっちゃな手が触れたときから守らなきゃって思ったんだっけかな。
名前のほかに 違う呼ぶ方をされるようになったのも不思議だった。
物事が徐々にわかるようになって この国には季節があるって知ってまた僕は悩んだ。
寒くなるこの季節に 春?
でも小学校に入って季節の漢字を習ったときにはたくさん書いて練習した。
僕の守るものだから? なんだろう… 僕だけが妹と呼べる宝物みたいな気がした。
それなのに意地悪をしてもついてくるのをうるさく思ったり、自分勝手に無理を言ったり
悲しくさせたこともあったんだろうな。
いっしょに笑ってくれる話を寝るのも忘れてしたこともあったよな。
親元から離れても 僕からも遠くなってもあの笑顔はやっぱり僕には宝物のようだ。
送られてきた招待状は、めでたそうな切手が貼ってあった。
開封して 二つ折りのカードの間に挟まれた紙きれは 反則だ。
ただでさえ、涙腺のコックが緩いのに おまえの文字を見ると洪水になってしまう。
金魚鉢の中の文字を読むようだ。
『 おにいちゃんへ
一回切っちゃった髪も伸びました。だから見に来てね。
小春 』
これだけかよ。
冬の生まれなのに 小春。親は何考えているんだって思った。
少し先がクセっ毛な長い髪が好きだったのに切っちゃって怒ったら悲しそうだった。
本当は、似合っていたから褒めてやりたかったのに多感な頃の僕は憎まれ口のほうが先に出てしまったんだ。ごめんな。
「幸せになれよ」
なんて 僕は言わないよ。宝物をくれてもやらない。
ただ おまえが笑っていられる場所なら そこを守ってやるさ。
それでいいか?
それでも一言だけ言ってやろうかな。
「また ひなたぼっこしような」
なんの意味もない。だけど きっとおまえならわかる気がする。
小春日和になるといいな。
真っ白な衣装に擦り硝子の映し出すような模様が描かれたやつ着るんだよな。
きっと似合うよ。照れくさくて言わないけどな。
陽だまりに ゆらゆらゆらり……
― 了 ―