和ごよみ短編集
《其の27》『おりる』
アタシはその光景に胸に詰まっていたものが癒されて溶けていくように感じていました。
此処は、一年前にあの人と別れた場所。
哀しい想い出しか残っていない……なんてことはないのです。
湿っぽいさよならは嫌。いつまでも引き摺っちゃう気がして……
思い出しても嬉しくない。楽しかったことも寂しさの中に残されていくなんて 楽しんだことが勿体ない。だから、お互いに別れる前のひとときをとっておきのいい景色の中で過ごしたいとこの場所を選んだのです。
喧嘩した重苦しさの中、めいっぱいの無理をして嫌々手を繋ぎ此処まであがってきました。
見渡す限り色とりどりの落ち葉の原っぱで ふたりで思いっきり落ち葉の投げっこをして遊んだのです。もちろんその時は戦っていたのですけれど、勝負の結果なんてどうでも良かった。落ち葉投げをしている間なんて「バカヤロー」とか「悪いのはあんたよー」とか 思ったことや嫌なことを好き勝手にたくさん吐きだして腹の内をさらけ出しました。ただすっきりしたかっただけのような気がします。
そもそもあの人と別れた原因だって、今思えばそれほど深刻じゃなかったのかもしれないと思うくらい。いやいや 深刻だったわ。相当言い合っていた気がするもの。
後から友人に『そんな仲良しごっこをして別れたの?』って訊かれたけど あのあと別れて それっきりになりました。
でも、この季節が近づいて来たら どうしてももう一度此処に来たくなってしまったのです。この綺麗な風景は、別れとは別。哀しいからって二度とこの場所に来たくないなんて思わなかったのです。未練があるとすれば あの人にではなく、ゆっくりと過ごせなかったことかしら。移ろう秋を見過ごしてしまったことね。
あの時と同じように錦の絨毯のような紅葉や黄葉した落ち葉を踏みしめて、僅かな段差の階段をあがってきた原っぱにも落ち葉がいっぱい。
「あぁ、良かった。あの時遊んだのは間違ってなかったわ。此処に来たって嫌な思い出じゃないもの」
バッグを斜め掛けにして両手で枯れ葉を掬い取って舞い散らせました。
カサカサカサ。
落ち葉の上に重なっていく枯れ葉は そんなにはっきりとした音はしないけれど、秋の音がしたように感じました。
重なり合う落ち葉の表面は乾いていましたが、奥を掬ってしまうと、しっとり冷たい濡れた葉の感触にあたりました。指先が濡れ、少し泥もついて手を擦り合わせて掃いました。