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和ごよみ短編集

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駅までの道の脇をふと見ると……。

早朝の風景は、実に興味深かった。バイトへ出かけるときは、とにかく遅刻しないようにと現場に向かっていた。こんなにも身近な風景すら見ていなかった気がする。

野原というには狭い場所にできている空き地が、白っぽく見えた。近づくにつれそれははっきりと視界にはいってきた。シロツメクサや名前も知らない雑草の葉が白く覆われていた。小さいときに出かけた先で見かけたことのある作物に散布された消毒のように見えたが、こんな雑草にするわけはない。
理系ではないから 研究でも探究心でもないが、ちょっとした興味で足を向けた。

小さな葉をひと指で触れてみた。表面に透明の粒ができて落ちた。その下からは緑色に萌えた葉が見えた。
「白いベルベットのようでしょ」
突然で驚いた。僕は背後からの声に振り返った。
早朝の犬の散歩で通りかかった女性が足を止めて僕を見ていた。照れくささもあって 僕はもう一度野草を見た。朝の空気にすいぶん冷たくなっただろう露が霜となって葉の表面を覆っていたのだ。
「霜ってもっと寒くなってから降りるのかと思った」
「そうね。私もそう思ってた。この犬(こ)と散歩するようになって気付くことがたくさんあるのよ」
僕は、その犬を見た。足の短い犬だな。僕でも自信が持てる。繋がれたリールを辿ってその女性を見た。朝日に向かって彼女を見たときには、そんな風には思わなかったが落ち着いて見ると若い。僕とさほど変わらないんじゃないだろうか。
「あの」
「あ、ごめんなさい。お出かけの途中でしょ」
彼女は、小さな犬に引っ張られるように道を進んでいった。駅へ向かう僕から彼女の笑顔がどんどん離れていってしまった。

早朝の電車は空いていて、座っていける。学校へ向かう時はあんなに苦労するのに…むやみに人に触れないように。揺れて人の足を踏まないように。疑いが降りかからないように。
隣町までは停車が四駅。そこから最寄駅まであと一区。乗り換え駅のせいか、乗客がぐっと増える。もう少しの我慢だ。頭の中で向かう場所を思いだし確認する。何だっけ?何丁目だっけ?思い出そうとしているのに 邪魔をする。そう、あの女性の面影。
半分自分の中で答えが出ているものの、あえて否定する。
(僕が… まさかね…)
作品名:和ごよみ短編集 作家名:甜茶