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和ごよみ短編集

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《其の25》『しのぶ』





週末と祝日の休みを利用して 祖父母の暮らす町を訪れた。
幼い時に両親に連れられて訪れた頃とは、町の雰囲気は違って見えた。
建物は、修繕などされているらしく さほど古さは感じなかったが、ものがなんだか小さく感じた。
そりゃそうだな。僕の背だってずいぶんと違っている。
電車の駅から乗り継いで最寄りのバス停で降りた。途中でバスの窓から見えた町の役所前の石碑も以前ほど大きくは感じられなかった。

いつからか、両親が出かけても僕はいっしょに来ることがなくなった。たぶん中学校に入って、部活だったり、友だちと遊ぶことが楽しかったり、そんな理由だったと思う。
五歳年上の姉貴がいるから、ふたりで留守番していた。わりと料理上手な姉貴が面倒見てくれたから平気だった。
それに 母親が出かける前にあんこの飯、おはぎだっけ? それを作って置いていった。
僕は、それよりも姉貴の作る料理っぽいご飯のほうが気に入っていた。
甘いだけの豆くさいあんこ飯は半分も食べれば、充分だ。
姉貴は、そんなおはぎを好んでいたようで「食べないなら頂戴ね」と自分の作る料理よりもそればかり食べていた気がする。

そのおはぎを重箱に詰めて母親が僕に持たせた。祖父母に届けて欲しいと頼まれた。
多少においがするものの、あの頃のように手土産を照れくさく拒否することはなくなった僕は、二度三度傾げてしまっては、重箱の角を叩いて整えた。中身はどうなっているやら。
丸い形も四角くなっていそうだが、開けてみるまでは… たぶん素知らぬ顔をして渡すのかもしれない。

バス停から十数分と聞いていたし、僕も覚えているよと自信ありげに来たものの、はて? 道は綺麗になり過ぎて、子どもながらに覚えていた落書きのあとも へんてこな小屋も見当たらない。「こっちだよな」誰に確かめるでもなく、自身の記憶と判断に訊き返す。
「あのぉ」
柴犬を連れたお爺さんに出会ったので声をかけてみたが、振り返ったそのご年配の男性にやや怯んだ。
「あ、すみません。人違いでした」
人違いではない。忘れていた記憶が凄い勢いで飛び出してきた。一度だけこっぴどく叱られたときの小父さんだ。幾つぐらいだったかもすぐには思い出せないのにあの面影だけがでてきたのだ。冷や汗が背筋を濡らす思いがした。ここに来なくなったのも その所為だったかもしれないと納得してしまうほどだった。

数本の道筋を辿ると、記憶の景色が見えてきた。
手提げの紙袋にはいった重箱の位置を直し、その家に向かった。
古さを感じる門扉は、そのままだった。

鉄格子の門扉に足をかけ、遊具のように乗って動かした。門扉の支柱に当たっては戻る動作に 大人たちが相手をしてくれない時間を過ごした。僕の唯一の遊び場だったかもしれない。あ、それも……
姉貴の細い指を挟んでしまったことがあった。細い指だったから骨まで至る怪我ではなかったらしいが、あの時の姉貴の泣いた声や様子は、いつも優しくて強気な姉貴の初めての弱さを見たときだった。ずっと謝っていないんじゃないかな。一度訊いてみよう。もしも誰かに「ごめんなさい」を言わされていたとしても もう一度きちんと謝っておこう。

そのままの門扉につけられた呼び鈴を押してみた。案の定、家の中からその音は響いてこない。軋んだ音の鉄杭をずらし、引き戸を少し開けてみた。
「ごめんください」
家の奥から 想像していたよりも高い女性の声がしてきた。
「はぁい」
母親の兄嫁である伯母だった。
「遠くからよく来てくれたわね。さ、上がって」
「お邪魔します。あ、これおふくろから」
綺麗な伯母だった。その顔には皺はあるものの、笑顔をみせる表情は変わらない。
僕は、慌てて伯母に声を掛けた。
「すみません、ちょっと傾げてしまって、潰れたかもしれません」
「大丈夫よ。あなたのおかあさんのおはぎの味は変わらなく美味しいからね」
ここにも 母親のおはぎを喜んでくれる人がいるかと思ったら 僕も食べたくなった。

「はい、これを供えてくれる?」
おはぎが載せられた高杯(たかつき) を手渡された僕は、隣の畳敷きの座敷に行った。
子どもの頃は、入ることが躊躇われた部屋だ。かくれんぼで姉貴が居るとわかっていても入りたくなかった。怖かった。それに畳が擦れると言われたことも…あったっけ?

高杯を仏壇の中、正面に置いた。手前に置かれた大きめの座布団に正座し、手を合わせる。
「じいちゃん ばあちゃん 報告に来た。僕、結婚します」
チィーン
伯母が、僕の横から鈴を鳴らした。
「急に話したら びっくりしちゃうでしょ。鈴を鳴らして聞いてよね、ってね」
笑う伯母は、変わらず可愛らしい人だな。祖父母が亡くなって此処に住むようになったと聞いていたが、毎日仏壇のお世話をしてきたんだろうな。
行き届いたように思う仏壇を見て 僕はそう思った。

居間というのが似合う部屋で 母親の持たせたおはぎを食べた。相変わらず甘くて豆くさい。だけど 美味しかった。伯母の淹れてくれた日本茶の所為だろうか。
でも、姉貴にこの味は覚えていて欲しい。作ってくれるかな。

「明日の夜は中秋の名月ね。彼女と見るの?」
「伯母さん…… でも…かなぁ」
照れ笑いに 僕の気持ちは大爆笑しているほどかっと熱くなった。
「きっと 綺麗なお月さま見えると思うから楽しみだね」
「そうですね」
「彼女と名月を愛でて 空のお祖母ちゃんたちに報告してね。伯母さんは式場で」
「はい。その時は伯父さんと来てくださいね。宜しくお願いします」

「あの、おはぎもう一個食べていいですか」
思いも幾歳過ぎれば変わることもある。人の重ねてきた繋がりや生活をときどきは思いだすのも悪くない。これからの僕もそうなれるかな。
秋に思う。

しずかしずか ただ静かに……




     ― 了 ―



作品名:和ごよみ短編集 作家名:甜茶