和ごよみ短編集
「なんだか暑いのが気にならなくなってきた」
「そ?良かったぁ」
そうだ、本当に涼やかに感じる。それは?
「いつのまに。おそるべしだよ」
隣の部屋から覗く扇風機の風が、ワタシに向けられていたのだ。
また席を立って何処へやら…
麦茶の横に置かれたのは、ガラスの器に氷を入れてその中に棒状のチョコレート菓子。
一年中、フックに掛けられた風鈴が 扇風機の風にチリリィーンチリリィーン。
なかなか涼しげ、いいわぁ。
チリリィーンチリリィーンチリリィーンチリリィーンチリリィーンチリリィーン…
もういいって!
「これうるさい」
ワタシは、席を立って風鈴をフックから外して棚の上に置いた。
母は、程度のレベルが、明らかにワタシとは違う。
真っ白な雲を追いかけて、何処までも車で走ってくれたり、何度も家の洗面所からバケツで水を汲んできては、『打ち水は国民の務めよ』と理解不明なことを云うし、病気でもないのに氷枕を置いてくれたり、まったくどんな育ち方をしてきたのだろうかと思う。
でも、今ひとりで暮らすようになって思う。
部屋の中のワタシの行動が どことなく母に似てきたような気がする。
ブンブン。
違ぁ〜〜〜〜〜〜う、と首を振る。
もうすでにこんなところに 母の因子が現れている。のか?
いつかおばあちゃんに訊いてみよう。
「あなたは、子育てに成功したと思いますか?」
きっとおばあちゃんは、いつものように云うのだろう。
「貴女がしっかりしているから きっと成功ね」と。これがプレッシャーだ。
暑い暑い夏。
でも、それも楽しめれば きっと何かが付いてくる。
硝子のグラスにくっついた炭酸水の泡のように。
しゅわしゅわ しゅわわぁ……
― 了 ―