和ごよみ短編集
昨日は、梅雨も明けたかと思うほどの真夏日だった。夜になっても蒸し暑さは残っていたが 時折吹く生暖かい風を心地よく感じながら帰宅した。暑い分だけ冷えたビールが楽しみで 住まいに一番近いコンビニで購入した。とはいえ、ひとり、部屋で飲むビールはつまらなく、開け放したガラスサッシの建具に腰かけ、ベランダに脚を投げ出した。
乾杯。
男ひとり 何を気取っているのか。
そういえば、今夜は空の上では年に一度の逢瀬かい?
まあ 誰も見ちゃいないんだから何度会ったってかまやしないのに、この日ばかりは緊張するんだろうな。注目のひと夜だ。
たまには 降りてこいよ、織姫さん。きっと下界の男も素敵だぜ。
そんなことを思いながら、いつもより本数の増えた空き缶がベランダに転がった。
手元にあった最後のビールを飲み干すと 力任せに握り潰した。
メシメシッと容易く潰れた缶。ずいぶん薄くなったのかな。その鋭角にへし曲った先が掌に痛く当たった。立ち上がり、残りの空き缶を素足で踏み潰した。
しだいに重くなってきた雲と低い音の町の間に 空き缶の潰れる音が遠く響いていくようで面白かった。
「さてと」
潰した缶を掌に積み重ね、部屋へと入った。台所に置いた半透明の指定ゴミ袋に捨てると、またビールのにおいが鼻に上がってきた。
「洗ってないけど、まいっか」
べたついた掌だけを水に晒した。始め 温まっていた水道管からの水が生温く感じたが、すぐに冷たい水に変わった。
「ちょっと飲み過ぎたかな」
やや後悔した。
そのあと、何をどうしたのか、徐々に記憶がぼやけていったが、今こうしてベッドに横たわっているということは、まぁ眠ることは忘れていなかったってことだろう。
しかし、まったく気だるい朝だ。
しかも、雨降り。織姫様を泣かせたか?
あと何日かすれば梅雨は明け、「暑いですね」と挨拶しあう日々が来る。
夜空の星も楽しみだけど、傘の花咲く街へと出かけるか……
あぁ、それにしてもまったく気だるい。酒に弱いくせに飲んじゃったよ。
突然の雨にコンビニで買ったビニール傘。擦れてところどころ半透明になっている。
ぁ、広げて気付いた。骨が一本曲ってる。ぉ、こっちも歪んでいるか……
そのうち要らない日もくるだろうし、これしかないし、雨がしのげりゃ充分さ。
いってきます。
ぱらぱら ざざざぁ……
― 了 ―