和ごよみ短編集
風走る田んぼ。きらきらと水面が揺れる。
稲や麦の穂先の硬い毛―『芒(あぎ)』―のついた種を蒔いて、芽を出した苗を植えている。
小さなか細い苗が、水田に植えられると、力強く感じられる。整列し植えられるその間は、まだ大きく離れているように見えるのに寄り添い、支え合い、きっと生い茂っていく。
僕のきょうだいたちが、あのひとつひとつの穂先に命を宿してくれたらなぁ。
「じゃあ、頑張ってオトナになろうぜ」
「そうだね。ずっと見ていくよ。稲の大きくなるのを」
湿った風が川の土手の草をくぐる。
やや曇ってきた空は、昼間の暑さだけを残し、風もやんでしまった。川沿いの暗闇は蒸し暑い空気を漂わせる。それなのに ひとつ、あ、またひとつ… この世のモノでないような小さな光が あちらで ぽつ。こちらで ぽつ。しだいに増えるその光の数。上に下に… 蛍の求愛。
「あいつら、結構照れ屋なんだな」
「な、何言ってるんですか?」
「まあ 俺たちのとうちゃんかあちゃんもなあ…」
「なあってなんですか?」
「とうちゃんなんてよ。この身捧げますだろ。俺にできっかな」
「僕ならそぉーっと後ろから近づいて、で、」
「で?」
「子どもを頼むぅーって逃げるけどな」
「それって おいおい やり逃……」
「良い子も 聞いてるんだから、表現には気を付けてよ」
キレイだなぁ。普段はちょっと地味な感じだし、水の好みもうるさいみたいなこと聞くけど、恋は暗闇っていうんだったっけ。
僕のお相手は、小顔にお目が大きくて、スレンダーなクビレのあるボディの娘がいいなぁ。
「ちょっと休んでいくか」
「なんだかいい匂いだね」
「そろそろ色付いてきたかな」
「えぇ、やだなぁ。僕、色気づいてきてないよ」
「違うって。梅の実が黄色くなってきたなってことだよ」
青い梅が取られて、樹に残された実が黄色くなってきた。この梅の実たちはどうなるのかと僕は思っていた。でも この時を待っていたんだね。完熟した梅の実になるのをお日さまと語らいながら…… あ、落っこちた。熟し過ぎでしょ。
「青梅は 硬いけど フレッシュエキスもたっぷりさ。旨い酒になるぞ」
「また 何か想像してない?」
「やや黄色く樹で熟して採られた梅の実は まろやかで 何にでもいい」
「でも 今落っこちたんだってば」
「完熟して自然に落ちた梅は 芳醇な匂いさ」
「これって あれだよね」
「そうさ、酸っぱいあれになるんだぜ」
あれ?体が可笑しいや。そうか、また脱皮するんだ。
僕たちの成長と 自然の恵みと 変わりゆく日々に 恵みの雨が降るのも近い。
僕たちは 願うよ。だって拝み虫だもん。
ぼうぼう ぼぼぼう……
― 了 ―