和ごよみ短編集
《其の14》『ねがう』
僕たち拝み虫
ほら、見て見て
まだ小さいけれど ちゃんとママのようでしょ
寒くなった頃、ママは数百個の卵を産んでネバネバの泡あわで包んでくれたんだ。
卵の僕たちは、卵鞘(らんしょう)の中でいっぱいの気泡に包まれて、外からの衝撃や冬の寒さから守ってもらって育ったんだ。
「おいおい、みんなにわかるのか?」
「そっかなぁ… 」
「だからさ、もっと切り刻んで話さなくっちゃ伝わらないよ」
「ひっそりでもいいんだけどぉ… 恐い奴らに見つかっちゃうよ」
あのね。僕たち小さいけど、この独特なカマ。ずっとずっと前に その姿が拝んでいるようだと『拝み虫』って言われたらしいんだ。
そう、僕たち カマキリ。
そしてね。僕たちを守っていたこれが『卵鞘(らんしょう)』っていう卵の鞘(さや)。どんどん表面が強くなって僕たちを守ってくれていたんだ。
卵から幼虫になって、この基地から出るときに薄い皮を脱いで出てくるんだ。だからみんなが見つけるときは、ママと同じ形。
「なあ、キミの話は美しいけど、この基地。守ってくれた卵鞘は、外壁も傷んで色もくすんじゃってさ『虫票蛸(おおじがふぐり)』という別の名があるんだぜ」
「『虫票蛸(おおじがふぐり)』ってなんだっけ?」
「実際の検証はしてないけど…老人の睾丸って意味だってさ」
「え? そうなの? 黄金御殿じゃないのぉ……」
「まったく住み良い基地も外から見りゃ 好き勝手言われてるよな」
なんだか、気持ちが沈んだら おなかが空いてきたよ。
おいしそうなアブラムシがいる。今は 手近な小動物を捕まえて食べているんだ。
何度か脱皮して 早くオトナになりたいなぁ。
「おい、やばいぞ。あっちで基地に残っていたヤツが食われた」
「あ、なんてことだ。こっちでは蟻が襲いに来た」
僕もいつ狙われるか。同じに孵化した数百匹の僕たち幼虫だけど、成虫になれるのは、わずか数匹なんだ。成虫になるまでの脱皮するあいだ、僕は不安だ。
だけど、充分に成長して成虫になるまでのこんないい季節を楽しまなくちゃ。僕たちは、成虫になったら寿命は数か月ほどだけど、闘ったり、捕食して、恋のお相手を見つけて、そして……
「おい、感傷に浸ってないで 出かけようぜ」
「気をつけないと 狙われちゃうよ」
「楽しむんじゃなかったのか? 風が気持ちいいぜ。暑い陽射しになれば 風もやむ」
「そうだね。 あれ…何でわかるの?」
「そういうものよ。虫の知らせってやつさ」
「……ちょっと 違う気もするけど」