和ごよみ短編集
そして、翌朝。
俺は、気付いた。クリーニングのタグはついてないものの、ズボンの折り目。シャツにアイロンの掛った夏の制服が リビングの椅子に掛けてあった。
「おやじ?」
「知世子ちゃんだ。仕事行ってくる」
おやじが出かけていった後、俺はその制服に着替えた。
シャツから仄かに香ってきた柔軟剤の匂い。甘いようなさっぱりしたような…… 少なくとも男二人の洗濯機にこびりついたにおいとは違った夏っぽい匂いだった。ズボンを穿いて思い出した。そういやぁ 膝のあたりを杭に引っかけて破れてたんじゃ…… 手で触れると縫い跡が指に当たった。
ここ最近、チョロの母親は、体調を悪くしているらしいのに 無理してくれたのかな?
「クンちゃん、居るぅ?遅刻するよ」
今朝も チョロが俺を迎えにくる。約束しているわけでも 俺が望んでいるわけでもないのに まったくご苦労なことだ。まあ、俺もそれを嫌がってないっていうのも続いてる理由なんだろう。
「やっと 夏服解禁。暑いもんねぇ」
髪をかき上げたチョロの左の指先に貼られた絆創膏が 夏の制服の謎を解き明かした。
「なあ、なんで俺が『クンちゃん』なんだ?」
もう一つの謎。俺の名前にはそんな要素はないはずなのに チョロだけがそう呼ぶ。
「なぁいしょ… いいじゃん」
「なんだよ」
「あのね。もう…! 名前呼ぶのに 君(クン)かなとか 兄ちゃんみたいだから ちゃんかなって… それで クンちゃん」
「なんだそれ?」
「いいの、いいの。とにかく クンちゃんはあたしの特別なんだから」
それから、学校までどういうわけかチョロのことが違う風に見えてきた。意識というか、存在というか、掌に変な汗が出たのは 暑い所為だったのかな。
チョロの髪が揺れて 頬にかかる横顔を見たとき、俺は 何かが変わるってこういうときかなって思った。真面目とか普通とかそういうことじゃなく、こうしたいとかこうなりたいとか、いいことも そうでないことも ハチャメチャでも 自分らしく。誰かを思うこともいいかもしれないって思った。変えてみようかなって思った。
いくつ変えたっていい。
「帰りに おばさんに水羊羹買ってやるよ」
「え? うん、おかあさん喜ぶと思うよ」
夏の制服のチョロは、なんだか可愛かった。
おいおい それって……
― 了 ―