和ごよみ短編集
《其の13》『かえる』
近頃、季節ってモノが可笑しい。
凄く暑い日があるかと思えば、肌寒く冷える。涼しいと言えば「いい時期ね」とも言えるのかもしれないが、春とか夏とか そんないい感じの言葉が似合わない。
第一、 この俺が こんなにきちんと語ることすら可笑しいのだから……。
あの日もこんな暑さの頃だった。
「クンちゃん、明日からだよ。用意できてるの?」
「うっせ」
何かと俺の傍をちょろちょろする女がいた。幼馴染みのチョロだ。幼馴染みというくらいだから、けっこう長い付き合いだ。小学校? いやその前からか。
俺にはおふくろがいない。おやじに「母さんとは別れた。申し訳ない」と保育園に通う幼い俺は聞かされていた。子どもなりに 親の顔色や事情っていうのを感覚的、遺伝子的に感じていたのかもしれない。そして、働くおやじに代わって、俺とチョロを保育園に送り迎えしてくれていたのが、チョロの母親だった。
チョロというのは、当然のこと愛称ってやつで もとはチョコこと知世子(ちよこ)という一歳年下の女だ。
朝、おやじが二軒置いた隣のチョロの家に俺を連れて行く。保育園に送っていってもらう為だ。そして保育時間が終わるとチョロと一緒に保育園から連れ戻され、おやじが迎えに来るまで 俺はずっと此処んちで過ごしていた。夕飯も 園への弁当、遠足の弁当も みんなチョロの母親がしてくれた。
小学生の俺は、何かとクラスのやつらにからかわれた。まあ 今思えば当然かもしれない。兄妹でもないのに同じ家に帰るわけだから、俺だってそんなヤツがいたら同じことをしていただろう。でもそんな時、いっこ下のチョロが、俺の前に立っていた。
けっして俺は、チョロの後ろに隠れていたわけじゃない。
「あんなの相手にしてたら 大きくなれないよ。だからあたしが追っ払ってあげる」
チョロの母親が、チョロに何かと吹きこんでいたようだ。
そして、俺は 小学校の五年生になった春、おやじに頼んで家の鍵を手に入れた。もうチョロの家に帰らなくていい。晴れて 鍵っ子になったわけだ。でも、男の付き合いっていうのか男の連れと遊ぶようになっても 夕方になると何処をどう探すのかチョロが現れては「ごはんできたって」と呼びに来る。始めは笑っていた連れたちも 心得たものだ。みんな「じゃあまたな」と家に散っていった。