和ごよみ短編集
《其の11》『けはい』
「きてる?」
「ううん、まだみたい」
「そっかなぁ」
新緑の葉を揺らし そんな囁きが風に乗って 街を野を渡る。
青空をより青く見せている白い雲が ほわほわっと浮かぶ。
「カエルが鳴いたよ。きたよって教えてくれた」
「ミミズが 慌ててはいだしてきたよ」
「竹の子がそろそろ顔を出すかなぁ」
汗ばむほどの晴れた空を 一気に曇らせ雨が降る。
地中のミミズは 酸欠状態。田んぼのカエルは 天を仰ぐ。
「爽やかな風だね」
「暑いよぉ 涼しいねぇ って困ってるよ」
「お出かけしてたら 雨がざぁー くふふ 大変だぁ」
野山の木々は芽吹き お日さまに黄緑色の柔らかな葉を広げる。
見上げる木々の新緑が 晴れわたる青空にまぶしく輝く。
「どこか夏めいて」
「まだまだ 夏じゃない」
「なに なに なに」
どこかで ちいさな命が生れてる。
大きくなれよと 願ってる。
まだまだ ほんものの夏は先のこと。
雨降りばかりの日々の前に ちょっぴり感じる優しい季節。
心なしか汗ばんで
陽射しの光線を肌にうけ
夏の気配を漂わせながら
過ぎていく……
「そろそろ 行こうかぁ」
春の精のけはいが消えてゆく。
揺れる葉音にまぎれながら。
さわさわ さららぁ……
― 了 ―