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和ごよみ短編集

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菖蒲か。強く勇ましいこと、たけだけしいことを尊ぶことを尚武(しょうぶ)という。そして勝ち負けの勝負。先日訪れた寺の説法で住職が話していたな。仏に仕える者が武芸の話しかと記憶に残っていた。この言葉寄せも あの若者たちと似たり寄ったりかな。
思い出した。この傷、もう薄れて何処だったか、元々の指紋なのか見分けがつかなくなってしまったが、私が幼い時、母が風呂に入れてくれた菖蒲湯の葉を掴んだ途端、兄が葉を引っぱったことがあった。柔らかな可愛い御手手は、その葉に傷つき、湯船の中にぽたりぽたりと血が落ちては、滲み消えていく。私は、怖くなってただ泣いていた。叱られるのが恐かったのか、兄も私の手を押さえ、泣いてしまっていた。
母親の勘? 察知する能力は凄いもので、静かになった様子に風呂場を覗きに来て、私は発見された。温まっていた所為だろうか、出血の量よりも傷はたいしたことはなかった。
でもいつまでも痛かった気がする。厄を祓うとか邪気を祓うとかその後知ったが 禍は此処にあり。吾輩は此処に傷あり… また自嘲。

風呂上り、食べた柏餅。『こしあん』だった。
日頃は、小間使いさせる兄が、柏の葉を剥いてくれた。ついでに見せた「ごめんな」の感情を含んだはにかんだ笑顔を今でも忘れない。
ちまきは、苦手だったな。草の味と匂いが餅からして、モチモチした食感とベタベタする手が好きにはなれなかった。

我が家には、兄と私という二人の男子がいたので、鯉のぼりには吹き流し、真鯉、緋鯉、そして兄の青い子鯉と私の緑の子鯉が五月の空に泳いでいた。
薫風が竿先の籠玉を吹き抜けて、矢車がカラカラと軽い音を立てて回り、見えない風を見た気分だった。いつの頃からか、鯉のぼりを上げるのは兄弟の仕事になっていたな。

そんな兄は、綺麗な優しいお嫁さんをもらい、子どもにも恵まれた。男の子と女の子の双子。一度にふたりの叔父さんになった私は、未だ彼女もいない。
そうだ。きっと兄が柏餅の葉を剥いてくれたからだ。
柏の葉は若い葉が出ないと古い葉が落ちない。だから跡継ぎが絶えないようにとを験(げん)を担いでいるとのこと。その葉がなかったから 今 私は、こうして人のことばかり見ているんだ。たぶん……

屋根より高い 恋の堀
大きい真恋は 落とせない
小さい悲恋は ことごとく
面白そうに 思い出す

あぁ、なんて歌だ。
気が付けば、あの若者たちは いないじゃないか。

こ 子ども
い 祝う
の のぼり
ぼ ぼく 
り 竜になる

そうだ、これが 単語の折句だ… 本当は《おりく》だけどね。

けらけら おけらぁ……




     ― 了 ―



作品名:和ごよみ短編集 作家名:甜茶