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和ごよみ短編集

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《其の10》『たんご』



 

「ある所に、ダンスのへったくそなヤツが居てさ、そいつ見てみんなが『タンゴに絶句』てな。な、おもしれぇだろ?」
昼間とはいえ、連休の終わりの日のファミリーレストランは静かだった。
そんな店内で、とぼけた会話で盛り上がっているのか、しらぁーと冷えた空気を楽しんでいるのか、店内に若者の声が広がった。その声に怪訝な顔を見せる者、下を向きかげんに連れと笑いをこらえるカップル、我関せずを決めこんだ紳士。一瞬の人間ウォッチングはなかなか深いものを感じた。私は、席の前方右斜め三十五度地点の席を見ている。
その騒がしい若者の向かい側に座っている黒縁めがねの友人…かどうかは 判断できないが、便宜上そのような関係に紐付しておこう。で、その友人が、テーブルの端より縦横十三センチと目測されるところに置いていたスマートフォン、通称スマホを左手に取ると右人差し指でスライド、タップ、フリックなどを繰り返し、検索のヒットをしたのかピンチアウトでその画面に映る言葉を口にした。
「ダ ン プリング?」
「それなんだよ?」
「団子の単語検索してみた」
「はぁ…… あ、それで俺の駄洒落に対抗してんの?」
なんともガラが悪い。というのが的確な表現であるのかは この場合大きな問題ではない。
ただ、その騒音のレベルはかなりのものだと思う。

そういえば、今日は端午の節句。
このような若者たちもこの日を知っての雑談であるのだから、まるっきり捨てたものでもないか。捨てるとは、彼らの親御様には 申し訳ない表現をしてしまった。深く反省。
「そっかぁ」
スマホをほぼ同じ場所に置いた彼は 几帳面な性格なのか、親御様の教育だろうか。

端午とは、月初めの午の日をいうのだが、はて? 何故に五月なのか。

『五』『五月』…私は、気に入っている数字ではあるが、いわれや風習と関わっている詳細は、私の知識の中には曖昧で、無理にひけらかしても ボロが出るのも必至。やめておこう。誰も訊かないか… クスッ。ひとり笑いは、傍から見たらキモイものだろうな。自嘲。いやこの場合は 自重せねば。

おや、あの親子は買い物帰りだろうか。店員も考えて席に案内したのかもしれない。私は今まであの親子のことは意識していなかったので、いつ着席したかは 知らないが、あの若者たちとの距離は、離れ過ぎず、かといって店内の配置バランスを崩していない。
父親と母親、幼稚園の年中か年長さんくらいの男の子。母親に至っては、その男の子の弟か妹になる生命を宿している。母親の座する横に棒状に紙で包んだものが置かれている。その端から覗くものは、草? そうか菖蒲の葉だ。
作品名:和ごよみ短編集 作家名:甜茶