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和ごよみ短編集

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「お待たせ、お茶で良かった?」
保は、早苗に緑茶のペットボトルを渡すと、早苗の横に腰を下ろした。
早苗も保の横にしゃがんで そのお茶をひと口飲んだ。
「冷たくて美味しい」
「喉渇くよな」
しばらく 何を話すともなくふたり並んで茶畑を見ていた。と、早苗から話し始めた。

「私の名前って まさにこの季節生まれよねって感じでしょ。でも嫌いじゃないの」
祖母が早苗の父親を産んだのもこの季節。木々の新緑が美しく、爽やかな気候の頃だが、農家にとっては農作業が本格的に始まる忙しい時。茶畑を持っていた家の娘だった祖母は「だからお祖母ちゃんは、産む頃まで新茶摘みを手伝っていたんだって」そして、早苗自身が生れる頃「お祖母ちゃんたらお母さんに『立春から数えて八十八日目に摘んだお茶を飲むと長生きできるのよ』って言ってね、毎日お茶タイムしたらしいの」

早苗の様子に 保は切りだした。
「何か言いたいことあるの?」
「ううん、べつに」
「俺は あるよ。こんなに順調に幸せでいいのかなぁって。早苗はどう?」
「うん」
「うん、じゃわかんないよ。あんなにさ、きれいに見えてるお茶の木だってさ、手を掛けて、虫とかに邪魔されても頑張って、美味しいお茶になるんだぁって育つわけよ」
「えー。なにそれぇー。保さん可笑しい」
早苗は、くすくすっと笑いだした。
「はぁ、やっと本当に笑ってくれた。それでなくっちゃ」
保は、早苗の手を取って見つめた。
「俺だって自分に自信があるわけじゃないけど。でもさ、早苗と出逢ったことは何か変われる節目みたいに思うんだ。だからさ、早苗も俺と一緒に夫婦育っていこうぜ」
「保さんって… そんなキャラだったの?」
「え? 可笑しい? あ、俺ゼッケン88だったんだ」
「何の?」
「お気に入りのトレーナーのプリントだけどな」
「たも…」
早苗は、立ち上がると歩きはじめた。
「おい、待てよぉー」
「置いてくよぉー」
「ねえ、どうして茶畑だったのぉー」
「ナイショ」
「何かあったのぉー」
「ナイショ」
「怪しいことしたのぉー」
「ナイショ―」
「早苗」
追いついた保は、早苗の手を取り振り向かせた。
「どうしたの?」
「嬉し過ぎて… お茶を濁すってね。私にも節目」

――日和つづきの今日此の頃を、
――心のどかに摘みつつ歌う
――摘めよ 摘め摘め
――摘まねばならぬ
――摘まにゃ日本の茶にならぬ

「すごいな、二番は知らなかったぞ」

想いを寄せるふたりの世界は、何があっても傍から見れば綺麗にそろった茶畑のよう。
美味しいか否かは 飲んでみなくちゃわかりません。

ふぅふぅ 冷ましてふうふ……




     ― 了 ―



作品名:和ごよみ短編集 作家名:甜茶