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和ごよみ短編集

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《其の8》『おしむ』





今日は雨降り。
部屋から硝子越しに見る空は どんよりと廃墟の落ちかけた天井のように崩れ落ちるのを待っているよう。
いっそ落ちてしまえば、透き通る眩い光とそれに似合う真っ青な空が見えそうな気がする。

先日、友人に誘われて彼女の田舎、と云っては語弊があるだろうか… 生まれ育った町へ出かけた。
彼女の田舎は、長閑。その言葉がとても似合う気がした。葉を出し始めた木々や つい触れたくなるような可愛らしい草花。どこまでも見渡せる小高い山の上。それを際立たせる青空。こうして思い浮かべるだけで 目の前の風景が薄れ、心が晴れていく。
帰りの道。
ぽかぽかとした春の陽射しと山からの見送ってくれるように吹く風に ふたりで歩いた。
「けっこう距離あるよ。って、私は毎日通った道だけどね」
彼女の笑顔は、こうして作られたのかと思うほど柔らかな表情をしていた。
「いいところだね。誘ってもらって良かった」
駅舎の屋根が見えるところまでくると、散り始めた桜花の花びらが風に舞い、降り立った景色とは違った様子を見せてくれた。
「桜吹雪……」
口を開くと、少々べったり付けたリップグロスに桜花がひとひらくっついて言葉を止めた。
「もぉ。花びらならともかく 散った茎まで飛んでくるね」
慣れているだろう彼女も言った。
彼女の軽めのカールした髪にも刺さるようにくっついていたのを取りながら、
「これは花柄(かへい)」
「かへい?」
「そ、枝があって そこから伸びてる花だけつけてる茎のこと言うんだって。ま、どうでもいいけど」
「物知りだね」
「たまたま じいちゃんが言ってたのを思い出しただけ」

そう、思い出しただけ。共働きで忙しくしていた両親に代わって、幼い頃、野原や花見に連れて行ってくれた祖父母との思い出。祖母は、庭先やプランタで草花や実をつけるものを育てては 楽しんでいた。祖父は、もっと広いところがいいと、自然に生育している場所や近郊の田畑のあるところへと連れて行ってくれた。

そっか。

だから 彼女の田舎も どこか懐かしく感じていたのかもしれない。

あれから、ほんの半月も変わらないというのに ここ最近の天気予報は 傘マークがお邪魔してばかりだ。
街に降る春雨は冷たく暗く感じる。
たぶん あの景色の中なら違っているのだろう。
植えつけた種子や苗にとっては『恵みの雨』として田畑を潤し、農作業をする方々にとっては《穀雨》の時期として喜ばれるのだろう。野菜も草花も太陽の光を受けられるよう青々と大きく葉を育ていく。

過ぎゆく春。
ちょっぴり感傷的なこの言葉も ただ行く春を惜しむだけでなく、東風が吹きわたり新しい活力がやってくることなのだと思えた。

変わりやすい天気もそろそろ安定してくるだろう。
この雨がやんだら、外に出かけてみようかな。晴れ間に風が心地よく吹いてくるかもしれない。
「風… こっちだよぉ」なんて駄洒落ってみたりして。

まだ外は雨。
でも 木々の緑は鮮やかになってきている。そのうち陽射しは強まり、このことを忘れてしまうくらい暖かな日が訪れるだろう。
だから 今はもう少しだけ惜しんでおこうかな… 行く春を。

しとしと ぴちゃん……




     ― 了 ―



作品名:和ごよみ短編集 作家名:甜茶