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和ごよみ短編集

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「お母さん出かけたから、もう少しだけなら付き合ってあげてもいいわよ。ってわたしはここでいいの?」
わたしは、起きたまま乱れていた掛布団を足元のほうにふたつ折にして ベッドに腰掛けた。
「ありがとうございます。では わたくしも横に失礼して…」
不思議な感覚だった。見えないもの。確かに見えないのだけれど、ほんのり温かく感じたり、わたしの横の敷き布団がわずかに沈んだりしたのだ。
幽霊という怖さは感じなかった。慈悲の温かさ… なんてものはよくわからないけれど、そういう 普段なら考えもしないことが頭に浮かんでくるのだった。
「で、話って?」
わたしは、そのものが… シャカと名乗るそのものが、どんなものかもわからずに ただ友だちと話すようにしゃべった。それが失礼なら機嫌を悪くするでしょうし、怒れたならさっさと帰っていくだろうと思った。

「あのですね。本日は花祭りと云ってわたくしの誕生日をお祝いしてくださるのです」
「あ、そうなの。おめでとう。でも主役がここに来てたら駄目でしょ?」
「ご心配なく。大丈夫です。わたくしの代わりの像が皆様の前に祀られていますから」
わたしの頭の中に浮かぶのは やっぱりあのお釈迦様の姿だった。ならば 何故?
「綺麗な御花がたくさん飾られた《花御堂》が作られて、金箔の水盤の上にわたくしの代わりの像が置かれて……」
急に 横にいるだろうシャカが、物静かになったような、沈み込んでしまったような気がした。
「シャカさん? あ、そこのところが聞いて欲しかったんでしょ? いいわよ、聞いたげる」
伝わっているのかどうなのか、わたしは 宙に耳を傾け、気配を読んだ。
「恐れ入ります。…… そのわたくしの像に 御茶をかけるのです」
「え、そうなの? ひどいね」
「いえいえ、皆様が御祝いしてくださってのことですが……」
「ほらまたぁ。なんでも話してよ。誰にも言わないから。もし誰かに言っても わたしが夢子ちゃんって思われるだけで 信じてくれる人なんてないと思うけどね」
わたしの横の沈みが寄り添ってきた気がした。
「はい。その御茶というのは、甘い甘い甘茶と云われるもので、もうそれは何杯とも何十杯とも来る方来る方にざぶざぶと。だからわたくし、御礼を云うこともできず、ずっと目を閉じておりますの」
「あらら、大変ね。でもどうして かけられるの?」
「わたくしが誕生した時に竜が清浄な御水を吐き注いでくださり、八大竜王様がその産湯に甘露を注いでくださったとか」
「ふうん それが花祭りのはじまりね」
「はい。灌仏会(かんぶつえ)と云います」
「まさに そのまんまじゃないのぉ。かいぶつに会うって」
わたしは、思わず吹き出してしまった。が わたしの脇に重みがかかった気がした。
「違います。怪物ではなく灌仏会でございます」
「ごめんごめん。でもいいじゃない。祝ってもらえて」
「でもわたくし、この頃 此処ら辺りがぽちゃぽちゃとしてきたような気が致します。これは、甘茶の所為ではないかと。幾歳も重ねてまいりますと、そろそろメタボも気に掛ります。まいりましたぁ……」
「きっと大丈夫よ。本尊に祀られている像は相変わらずナイスプロポーションだと思うわよ」
「そうでしょうか?」
「ええ、大丈夫大丈夫。気にしないの」
「やっぱり お話にまいりまして良かったです。ありがとうございます」
「わたしでよければ、また話に来てよ。わたしも幸せな気分になれたし」

作品名:和ごよみ短編集 作家名:甜茶