小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

和ごよみ短編集

INDEX|12ページ/84ページ|

次のページ前のページ
 

「よく来たね」
祖母の明るい笑顔に迎えられ、千春は少々照れくさく感じた。
「お婆ちゃん ただいま」
こんにちは、ではなかった。心から帰ってきたと 全身が懐かしさに震えそうだった。

街の土産を渡し、幾枚かの写真を祖母に見せながら とりとめのない話をした。その中の一枚を祖母は欲しいと言った。千春が成人の日に振袖の晴れ着を着た写真だった。
陽が翳る前に、と千春は、両親と山の手にある祖父の墓に出かけた。途中にある坂道は、街から履いてきた靴では歩きづらかった。千春は、この道を年老いた祖母が歩いているのかと思うと じーんと鼻の奥が痛くなった。
両親の息も上がっていた。街での生活の便利さは 此処では何も必要とされていなかった。

祖母の家に戻ると、なんとなく甘い匂いがしていた。
「ちぃちゃん、ちょっと用事頼まれてくれないかね」
姿の見えない祖母の大きめの声に 千春も声を上げて応えた。
「なに?」
千春は、祖母の呼ぶ方へ行くと 重箱のような木箱を風呂敷に包んでいた。
「お婆ちゃん、なに?」
「これ、隣の… ほれ、ちぃちゃんと同い年のあきちゃんのうちに届けてくれないかね」
その包みの傍に 皿に盛られた餡子の菓子を見て、千春はその箱の中身を想像した。
「おはぎね」
祖母は、思わず眉を下げ、少し笑った。
「まあそうだけどもね、この時期は 牡丹餅って云うのよ」
「あ、そうでした。了解です。届けたら私の分もある?」
「ええ、たくさん作ったから いっぱい食べてね」
「うん、お婆ちゃんの牡丹餅、好きよ。いつも送ってくれてありがとう」

街に住むようになっても 春と秋にクールの宅配便でタッパにはいった牡丹餅、お萩が送られてくるのだ。

「じゃあ行ってくるね」
千春は、玄関を出たものの、秋人の家に着くまで落ち着かなかった。
さきほどまで何も思わずに話していたのに 別れ際に見た秋人の背中の広さやトランクを受け取るときにふと香った汗のようなにおいが思い出し、胸のあたりがきゅんとするようだった。
「なぁに意識してるんだろ」
千春は、呟くと ふぅっと唇を尖らせ息を吐いた。
呼び鈴は、何処の家でも飾りのようなもの。押すのは、他所から来る人か、郵便局などの仕事で訪れる人ぐらいだ。

作品名:和ごよみ短編集 作家名:甜茶