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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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ようこそ、伊勢界トラベル&ツアーズへ!

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「途中、末期《まつご》の水と言う沢がありますが、そこは少しカーブになっていて、事故が絶えないことで有名です」
 でも、ここは一人ずつではなく、集団移動だった。
 それが、せめてもの救い。
 右手に浄水場を見ながら、坂道を登る。
 なんでもこの道、昔は電車も走っていたそうだ。
 んでね、末期の水。
 暗くてよく見えなかった。
 幹線道路の脇だから、車の通りも多い。
 でも、そこだけが暗い感じがした。
 さっきのトンネルとは違う、目に見える明るい暗いじゃない暗さ。
 これは、本当にヤバい場所なのかも。
 石宮さんは説明を済ませると、先へと参加者を促す。
 一人の女の人が固まっているようなので、軽く励まして皆に続いた。
 一応、私がしんがり。
 峠を越えてすぐの所で、石宮さんが立ち止まる。
「ここには、特に名前はありません」
 そう言った。
 でも。
 ここ、ホントにヤバいよ。
 いたくないよ。
 早く行こうよ。
 雰囲気が、さっきの末期の水の何倍も禍々《まがまが》しい。
 石宮さんの説明ね。
 ここに鉄道を通した時、何か小さな祠か石碑があって、それをどかしたらしいのね。
 元々ここは東海道の一部で、往来は多かったらしいんだけど、石碑をどかしてから、昼夜を問わずうめき声が……
 ああ、駄目。説明してるだけで鳥肌が立つ。
 それで、新しい石碑を建てて供養したんだって。
 それが、ここ。
 暗くて見えないような、藪の中に。
 もうそれだけでも怖いじゃない!
 隠すように建てられた石碑なんて、怖すぎ!
「ここはあまり知られていませんが、京都では最も恐ろしい場所とされています。すでにお感じになられている方もおられると思いますので、次を急ぎますね」
 うん、その方がいいよ。
 ここは、本当に危険だと思う。
 って言うか、私は研修で来てるんだよね?
 私、お客さまより怖がってるんだけど、いいの?
 ゴールは日ノ岡という場所。
 刑場跡地。巨大な南無阿弥陀佛と書かれた碑が建ってる。
 しかもその碑、真ん中で真っ二つに切られて修復されたあとがある。
 ああ……
 京都のイメージが……
 恐いよぉ、もうここで終わりにしてよぉ……
 でも、そんなわけにも行かず。次に進む。
 それだけじゃなくて。
 今から私が案内しろって。
 無茶です。出来ません。
「大丈夫、それらしく読めばいいだけだから」
 石宮さんは言ってくれる。
 言ってくれる。
 言ってくれちゃうじゃないの。
「えーと」
 私はマイクを握る。
 すっかりその気になっている参加者を前にして、どう雰囲気を出せばいいのか。
 声が震える。
「いまから私、高穂木はるかが皆さまをご案内させて頂きます」
 頭を下げる。フルネームで名乗る必要はなかったかも知れないけど、緊張のあまりそうなってしまった。「今回はじめてお客さまのご案内をさせて頂くことになりまして、至らぬことも多々あるとは存じますが、よろしくお願いいたします」
 車内に拍手があがる。
 よかった、とりあえずは受け入れてもらえた。
「それでは、次にご案内いたしますのは」
 プリントを見ながら言う。「一条戻り橋。鬼退治で有名な橋で、すぐ近くにはかの有名な陰陽師、安倍晴明を祭る晴明神社があります」
 でも、今は真夜中。
 神社に行くわけではない。
 手元の資料によると、目的地はそのすぐ近くの公園となっている。
 もうこのツアー、侮ってはいけないって分かってる。
 絶対、ただの公園じゃない。
 一行は晴明神社の前でバスを降りた。
 私は資料の通りに神社の由来を説明し、堀川通を渡って一条戻り橋へと参加者を案内する。
 まあ、普通の橋。
「えー、先にご説明しましたように、ここで安倍晴明が鬼と対決したという――」
 ほとんど棒読みの説明。そして、次の指示。「しかし、ここは有名過ぎる心霊スポットではありますが、本当に恐ろしいのは、今からご案内する場所です。どうか、空気の変化をお感じ下さい」
 堀川通は、その名の通りに堀川と言う川が流れてる。その川が、戻り橋のすぐ上流で幅が急に狭まる。それまでは普通に町中の川っぽかったのに、戻り橋の上流側は違った。
 両岸に木々が茂り、そこだけ異世界のよう。
 夜だし暗いのは分かる。
 すぐ横の通りに街灯がいっぱいあるし、反対側は住宅地。普通の町中に、ここだけ異様な雰囲気が漂ってる。
 さっきの九条山もヤバかったけど、ここはもっと不穏な空気を感じる。
 それでも私は、何とか気持ちを奮い立たせた。
 川幅が狭くなっている分だけ、そこには公園がある。
「では、ここで休憩にします」
 私は書かれている通りに言った。
 けれど、ここで休憩は嫌過ぎる。
 私は参加者の人たちには聞こえないように、石宮さんに言ってみた。
「ここで休憩って、本気ですか?」
「高穂木さんは、怖いの?」
「……怖いです」
「それは、私もよ」
 意外なことに、石宮さんはそう言った。「でも、これが仕事だし」
「そう……ですよね」
「京都の魔界は奥が深いから」
「ええ、そう思います」
 雰囲気に呑まれてるお客さんもいるけど、半数以上は写真撮ったりして楽しんでる。
 まあ、お客さんが楽しんでくれてるなら、それはそれでいいのかもしれないけど。
「はい、これ」
 石宮さんが、小さな紙の包みをくれる。
「これは?」
「お塩。寒気がしたり嫌な感じがしたときに、体に振りかけて。ちょうど首の後ろ、肩甲骨の間くらいに」
「はい、ありがとうございます」
 私は早速それを言われた通りに首の後ろに振りかけた。
「オンケンバヤケンバヤソワカ」
 石宮さんが私の背中を叩きながら言う。
「それは?」
「荒神様の真言《しんごん》。強力なお守り」
「はい。ありがとうございます」
 心なしか、気分が軽くなった感じがした。
 さっきまで、コンビニの場所を訊こうと思ってたけど、これなら何とか切り抜けられそう。
 あと一か所行ったら終わり。
 よし、頑張ろう!
 この後の移動中、私は全部の案内を任されている。
 次は最後、清滝トンネル。
「――そのトンネルは戦時中に廃止になった鉄道のもので、鉄道現役時代にはその上の峠道が清滝へ抜ける唯一の道でした。幽霊話は、最初そちらの峠道にあったものとも言われ……」
 時々紙を見ながら、マイクを握る。
 ちょっとは慣れて来た。
 そのトンネルにまつわるお話。
 そこは交互一方通行で、入口に信号があるんだけど。たどり着いたときはいつも赤信号ならしい。
 でも、もし青信号だったら、やり過ごして次の青信号まで待たないといけない、とか。
 でないと、そのままあっち側に連れて行かれる。
 って、もうこの時点で怖くなってきた。
 トンネル内で天井から女の人が降ってくるとか、バックミラーにずっと立ち止まってこっちを見てる人が映るとか……
 すみません、どこかコンビニ寄ってもらえますか?
 人のいない深夜の観光地、嵐山を抜けて、バスはトンネルの手前で止まった。
 ここで、石宮さんが参加者に向かって言った。
「これまでの行程で気分が悪くなった方は、バスで休んでいてください。ここは今まで以上に危険ですので、無理はなさらないでください」