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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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ようこそ、伊勢界トラベル&ツアーズへ!

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 これって、演出だよね?
 そうだよね?
 そうじゃなかったら、バスに残っててもいいですか?
 呼びかけにも拘わらず、全員がバスを降りた。
 そこまで2車線だった道は、1車線になってトンネルに続いてる。
 信号は青。
 いま、入っちゃいけないのよね。
 点呼と最後の確認をして、トンネルに向かう。
 あの……なんか出て来てるんですけど……
 トンネルから薄い靄《もや》のようなものが湧き出してる。
 もう、それだけで恐怖感マックスの私。
 内部では説明はしなくていいというのが、せめてもの救い。
 石宮さんが先頭、私が最後尾。
 レンガ造りのトンネル内は、先の東山トンネルに較べて灯りがほとんどなく、皆それぞれライトを持たされてた。
 それでも暗いし、古いレンガは不気味な染みがあるし。
 前方から音が聞こえてくる。
 石宮さんが一列になるよう指示する。
 しばらくしてライトが見えてくる。
 バイクが私たち一行の横を通り過ぎて行った。
「いまのは普通のバイクでしたが、たまに幽霊バイクと正面衝突とかもあると言います」
 石宮さん、そういう説明はいいです。
 参加者の一人が突然大声を出して、私を含めた数人が飛び上がった。
 石宮さんが厳しい声でそれを咎める。
「冗談半分で霊を刺激すると、ろくなことになりません。お客さまは自己責任でも、他の方々のご迷惑にもなります」
 飛び上がった瞬間、またしても、少しやらかしてしまった。
 仕方ないよね。
 体ガチガチに固まってる時にびっくりさせられたら、誰だってそうなるよね?
 でも……
 私の足元で、耳を塞いで蹲《うずくま》ってる女の人がいる。
 私より怖がりな人がいるんだ。
「あの、大丈夫ですか?」
 声をかける。
 耳を塞いでるから聞こえないのか、反応がない。
 肩を軽く叩くと、女の人はびくっと体を震わせて、次いで顔を上げた。
 あれ? この人、末期の水で固まってた人だ。
「大丈夫ですか?」
 もう一度言う。
「あ……」
「みんな、行っちゃいましたよ」
「すみません。さっきのでびっくりして」
 私は仲間が出来た思いで、微笑む。
「立てますか?」
「はい、なんとか」
 女の人を立たせて、メンバーに追いつけるよう少し早足になる。
「そんなに怖がりなのに、どうしてこのツアーに?」
「なんか、慣れないといけないと思って」
 微妙に関西訛り。地元参加者なのかな?
 でも、慣れるってなにを?
「こんなことに慣れて、何か意味があるんですか?」
「まあ、ちょっと色々あって……」
 色々か。
 同業者かな?
 話し相手が出来たことで、もう恐怖感は無くなってた。
 彼女はこれまでにも何度か恐怖ツアーに参加してきたけど、今も慣れることが出来ないと嘆いていた。
 うん、慣れなくてもいいからね。
 怖いのは怖いんだし。
 そういう話をしながら、なんとかトンネルを抜けた。
 ほっと一息。
「これでもう、大丈夫ですよ」
 私は女の人に声をかける。
 って、あれ?
 いない。
 さっきまで一緒にいたのに。
「高穂木さん?」
 石宮さんが声をかけてくる。「遅いですよ。何をしていたんですか?」
「何をって、一人遅れているお客さまがおられたので」
 石宮さんが、不思議なものを見るような目で私を見る。
「え……?」
「遅れて来たのは、高穂木さんだけでしょ?」
 ――って……
 石宮さんの周りにいる人数を確認する。
 1、2、3……
 石宮さんを含めて16人。
 全員揃ってる。
 それに……
 血の気が引く。
 そこに、あの女の人はいない。
「うっ……うそ」
 私はその場に、へなへなとへたり込んだ。
 ああ、もうダメ。
 限界です。
 ごめんなさい……

 あの後、私たちは嵯峨のお寺でお清めをしてもらって、各自指定の場所で降りて行った。
 私は石宮さんに誘われたけど、そのまま京都駅まで送ってもらって、始発までネカフェで過ごした。
 もう、辞めるつもりだった。
 二度も粗相して、しかも今回は大勢の面前で。
 もうこれ以上、恥を重ねるわけにはいかない。
 このままだと、恥の上塗りの上塗りで、最後には恥に塗こめられてしまう。
 この前のダイヤ改正で東海道新幹線にも導入されたグランクラスに席を取り、これもまた最高級の駅弁を買った。
 最後の贅沢。
 そんな気持ちで、東京へ戻った。
 ネカフェでしたためた辞表を持って、オフィスに入る。
「ただいま戻りました」
「お疲れさま」
 社長が言う。「どうでしたか? 初めての添乗員体験は」
 私はそれには答えず、社長の机まで進む。
「誠に申し訳ないのですが」
 ポケットから封筒を出す。
 辞表と書かれたそれを机に置いた。
 社長が、私を見る。
「ふむ。高穂木さん、これはなかなか珍しいお土産ですね」
「冗談のつもりはありません」
 私は表情を厳しくする。
「私も、冗談のつもりはありませんよ」
「では、受け取って頂けるんですね」
「申し訳ないですが、それは出来かねますね」
 社長の目が、心なしか泳いでいるよう。
 それから、私の方に視線を定めて言った。
「まあ、少し話しましょうか」
 辞表を置いてすぐにでも帰るつもりだったけど、応接セットに案内されてソファに腰掛ける。
 社長はいつものようにお茶を入れてくれ、私の前に座った。
「今回のツアーは、今までで一番評価が高かったのです。なので、特別に報奨金を出そうと思っているのです」
「はあ……」
 心の中で、一体何の評判がよかったのかと思ってしまう。
「それでですね、今回のツアーで撮られた写真がSNSで話題を呼んでいます」
 ああ、終わった。
 私の人生、終わった。
 もう生きていけない。
 あんな写真ばら撒かれたら……
 泣きそうな私に、社長はその写真を見せる。
 もう、いいですから。
 勘弁してください。
「これなんですが……」
 社長が言う。「何があったんでしょうね?」
 でも、見てみないと。
 恐る恐る、そちらを見る。
 え? 何これ?
 タイトル、京都最恐トンネルで失禁女。
 ……
 でもその写真って――
 目が点になる。
 画面全体にどアップで映る女の人の顔、片目をつぶりピースサインしてる。
 私はそれを、見つめる。
 なんで?
 この人、誰?
 分かってる。
 あのトンネルを一緒に歩いた人だ。間違いない。
 写真のコメント。
 どこが失禁女じゃ、ボケ!
 自撮り?
 何自慢?
 トンネル見せろや!
 うん、確かにそう思う。
 でも、とりあえず晒されなかったことは確か。
「それとですね」
 社長が一枚のプリントを渡す。「評判が良かったので、これからはツアー回数を増やしたいのですよ」
 私はプリントを受け取る。
「……」
「そこで、広告を一新しようと思いましてね。やっぱり真に迫った画像の方が効果あるでしょう?」
 そのパンフレットには、腰を抜かしてしまった私が映っていた。
 一応目線入ってるけど、これは私だ!
 キャッチコピー。
「添乗員も腰を抜かす恐怖に、あなたは耐えられるか!!!」
 すみません、それは私です。
 耐えられません。
「どうですか?」
 社長が私を見る。「もう少し、考えてもらえませんか?」