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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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ようこそ、伊勢界トラベル&ツアーズへ!

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これは研修ですか?


 ようこそお越し下さいました。
 伊勢界《いせかい》トラベル&ツアーズの高穂木《こうほぎ》と申します。
 お客さまは、どのようなツアーをご希望ですか?
 え? はい。当社のイチオシをですか。
 とにかく刺激の強いものを……ですね。
 具体的には、どういった――
 はい、分かりました。
 検索致しますので、少々お待ち願えますか。

 こんにちは。
 私は高穂木はるか。
 この伊勢界トラベル&ツアーズに入社して早一か月。
 頼み込まれて入った会社だけど、何となくずるずるといる。
 この会社、実は異世界ツアーがメインで、それを信じない私を社長が無理やり異世界に連れて行って――
 もう、この話はやめよう。
 ちょっと、トラウマだし。
 で、今日ははじめて、その異世界ツアーの予約をもらった。
 社長によると、そのお客さまは常連さんで、毎回無茶ぶりをしてくるんだそう。
 だからいつも、こっちでもぼったくり価格の過激なツアーを売りつけるんだそうな。
 あ、そうそう。
 うちの会社は普通の取次とかもやってて、そっちは普通に円での支払いなんだけど、異世界関係だけはクレジットなのね。
 そのクレジットっていうのが、1クレジットが金1グラムの値段なんだ。
 金本位制なんてとっくの昔に終わったって習ったけど、お金持ちの間では今でもそれが普通なんだって。
 世の中知らないことばかりで、びっくりするよね。
 で、今日お受けしたツアーの代金が1998万クレジット。
 ちょっと想像つかないから、自分でレート換算してみてね。
 で、なんで異世界関係の代金がクレジットなのかと言うと、単に異世界では日本の通貨が使えないってだけの理由。
 まあ、なるほどだよね。
 こんな小さな会社なのに、スイス銀行に口座があるってのも、これまたびっくり。
 うん。それはさておいて。
 幾らメインが異世界旅行だって言っても、そうそう予約が入るものでもない。
 普段は取次とか流してるだけだから、実はそんなに忙しくない。
 前に、私もいずれツアーガイドとして異世界に行くように言われて、その後に専用タブレットをもらったのね。
 そこに、色々な心得とか世界の特徴や見どころのデータもあるんだけど、まずこれをやれって言われたのが、添乗員シミュレーション。
 ゲーム感覚で出来るんだけど、自分がガイドになって、シチュエーションごとの選択肢に答えていくんだけどね。
 こんな感じなのよ。

 Q:集合時間になっても来ない参加者が一人います。どうしますか?
 A:
  1.本人に連絡して参加の有無を確認
  2.本部へ連絡
  3.無視して予定通り出発

 Q.高齢の参加者が徒歩移動中に転倒。どうしますか?
 A:
  1.根性で歩かせる
  2.応急処置の上救急要請
  3.放置してツアー継続

 って、まあ、こんな感じ。
 いや、2番目の問なんて、2以外にないでしょ? 根性で歩かせるって、何よ?
 これで間違う人がいたら、見てみたい。
 そういう訳で、暇なときは自分のタブレットで勉強したり遊んだり。
 ホントにいい会社だわ~
 と、こんな風にのんびりやってると、友重《ともしげ》社長が声をかけてきた。
「ああ、高穂木さん。ちょっといいですか?」
 私は端末から顔を上げる。
 また変な問にちょうど答えたところで、ニヤついてたかも知れない。
「実はですね、あなたに研修に行って欲しいのですよ」
「研修、ですか?」
「ええ。いきなり異世界と言うのもなんですから、最初は軽く国内ツアーで肩慣らしをしてもらおうと」
「はあ……」
 ああ、この安息の日々もついに終わるのか。
 私はそんな気分だった。
「うちの会社が企画しているのは、異世界だけではないということは、分かってくれていますね」
「はい、一応」
 そう、ここでは異世界ツアーの他に、国内のツアーも企画してる。
 通常ではあまりないような、マイナー企画がほとんどで、それがまた知る人ぞ知るって感じの。
「このツアーなんですけどね」
 社長が、一枚のパンフレットを私に渡す。
 真夜中の京、最恐スポット巡り。
 端末に、確かデータはあったはず。
「このツアーに参加しろってことですか?」
「はい。実際にうちのガイドがどのようにお客さまをご案内しているのか、体験してほしいのです」
「はあ」
 でも、何でこの恐怖ツアー?
 他に“|古《いにしえ》の万葉古跡を訪ねる山の辺の道散策”とかもあるのに。
「オカルトツアーはそれなりのニーズがあることは、知っていますよね」
「はい、まあ」
「恐怖スポットと言うのは、ある意味異世界的とも言えるので、まずはそこから体験してもらうのがいいと判断したのですよ」
 言われていることは分からなくもない。
 でも……
 怖いのは、苦手!
 社長、私を怖がらせたいだけなんじゃない?
 でも、行けと言われたら行くしかない。
「分かりました。それは、いつですか?」
「今夜です。ですので、すぐにでも発って欲しいのですが、大丈夫ですか? 何か、予定など――」
 ――今日かい!
「予定は何も」
「では、行ってもらえますね」
「……はい」
 という訳で、2時間後、私は京都に向かう新幹線に乗っていた。
 研修内容はともかくとして――
 グリーンだよ! 人生初のグリーン席!
 しかもお弁当代2千円ももらって、一番高い駅弁買って。
 いやぁ、グリーンいいよね。
 普通席の3列の真ん中とかだったら嫌だけど、これ、最高じゃん。
 と、浮かれ気分の旅は3時間足らずで終わっちゃったわけで。
 いつの間にか寝てしまってて、気づいたら京都駅の手前だった。
 もっと満喫してたかったけど、まあ座り心地良かったから寝ちゃったわけで、それは仕方ないよね。
 名残惜しかったけどグリーン車を降りてホームに降り立つ。
 待ち合わせは改札前。
 その改札口で、思わず私は引き返そうとした。
 目に飛び込んで来たもの。
【ようこそ! 高穂木はるか様♡♡♡!】
 でかでかと書かれたA2サイズのプラカード。それを持った女の人。
 すみません、お|上《のぼ》りさんじゃないです。
 恥ずかしいので、やめてください。
 ってか、ハートマーク三連続は何?
 とりあえず俯いてやり過ごそうとした私を、その女の人は見逃さなかった。
「高穂木さん!」
 コンコース全体に響き渡る声で呼ばれる。
 うわっ! 恥ずかしい。恥ずかしすぎるっ!
 みんな見てるし、もうちょっと静かに言ってよ。
 初めての京都が、こんな恥さらしになるなんて!
 立ち尽くす私を、女の人が捕まえる。
 いやホント、捕まえられた。
 ごめんなさい。捕まりました。
 なので、許してください。
「本部からいらした、高穂木さんですよね?」
 私の腕を掴んだまま、その女の人が言う。
「はい……」
 私は答えた。「あの、すみませんが、それ……」
「ああ、これね。ごめんなさい」
 女の人が言う。「ここって人が多いから、目立つようにと思って」
「目立ちすぎです……」
 女の人が笑う。
 悪い人でじゃないみたい。
 京都人って、取っつきにくいって聞いたけど、意外とそうでもないのかと思った。