ようこそ、伊勢界トラベル&ツアーズへ!
これは研修ですか?
ようこそお越し下さいました。
伊勢界《いせかい》トラベル&ツアーズの高穂木《こうほぎ》と申します。
お客さまは、どのようなツアーをご希望ですか?
え? はい。当社のイチオシをですか。
とにかく刺激の強いものを……ですね。
具体的には、どういった――
はい、分かりました。
検索致しますので、少々お待ち願えますか。
こんにちは。
私は高穂木はるか。
この伊勢界トラベル&ツアーズに入社して早一か月。
頼み込まれて入った会社だけど、何となくずるずるといる。
この会社、実は異世界ツアーがメインで、それを信じない私を社長が無理やり異世界に連れて行って――
もう、この話はやめよう。
ちょっと、トラウマだし。
で、今日ははじめて、その異世界ツアーの予約をもらった。
社長によると、そのお客さまは常連さんで、毎回無茶ぶりをしてくるんだそう。
だからいつも、こっちでもぼったくり価格の過激なツアーを売りつけるんだそうな。
あ、そうそう。
うちの会社は普通の取次とかもやってて、そっちは普通に円での支払いなんだけど、異世界関係だけはクレジットなのね。
そのクレジットっていうのが、1クレジットが金1グラムの値段なんだ。
金本位制なんてとっくの昔に終わったって習ったけど、お金持ちの間では今でもそれが普通なんだって。
世の中知らないことばかりで、びっくりするよね。
で、今日お受けしたツアーの代金が1998万クレジット。
ちょっと想像つかないから、自分でレート換算してみてね。
で、なんで異世界関係の代金がクレジットなのかと言うと、単に異世界では日本の通貨が使えないってだけの理由。
まあ、なるほどだよね。
こんな小さな会社なのに、スイス銀行に口座があるってのも、これまたびっくり。
うん。それはさておいて。
幾らメインが異世界旅行だって言っても、そうそう予約が入るものでもない。
普段は取次とか流してるだけだから、実はそんなに忙しくない。
前に、私もいずれツアーガイドとして異世界に行くように言われて、その後に専用タブレットをもらったのね。
そこに、色々な心得とか世界の特徴や見どころのデータもあるんだけど、まずこれをやれって言われたのが、添乗員シミュレーション。
ゲーム感覚で出来るんだけど、自分がガイドになって、シチュエーションごとの選択肢に答えていくんだけどね。
こんな感じなのよ。
Q:集合時間になっても来ない参加者が一人います。どうしますか?
A:
1.本人に連絡して参加の有無を確認
2.本部へ連絡
3.無視して予定通り出発
Q.高齢の参加者が徒歩移動中に転倒。どうしますか?
A:
1.根性で歩かせる
2.応急処置の上救急要請
3.放置してツアー継続
って、まあ、こんな感じ。
いや、2番目の問なんて、2以外にないでしょ? 根性で歩かせるって、何よ?
これで間違う人がいたら、見てみたい。
そういう訳で、暇なときは自分のタブレットで勉強したり遊んだり。
ホントにいい会社だわ~
と、こんな風にのんびりやってると、友重《ともしげ》社長が声をかけてきた。
「ああ、高穂木さん。ちょっといいですか?」
私は端末から顔を上げる。
また変な問にちょうど答えたところで、ニヤついてたかも知れない。
「実はですね、あなたに研修に行って欲しいのですよ」
「研修、ですか?」
「ええ。いきなり異世界と言うのもなんですから、最初は軽く国内ツアーで肩慣らしをしてもらおうと」
「はあ……」
ああ、この安息の日々もついに終わるのか。
私はそんな気分だった。
「うちの会社が企画しているのは、異世界だけではないということは、分かってくれていますね」
「はい、一応」
そう、ここでは異世界ツアーの他に、国内のツアーも企画してる。
通常ではあまりないような、マイナー企画がほとんどで、それがまた知る人ぞ知るって感じの。
「このツアーなんですけどね」
社長が、一枚のパンフレットを私に渡す。
真夜中の京、最恐スポット巡り。
端末に、確かデータはあったはず。
「このツアーに参加しろってことですか?」
「はい。実際にうちのガイドがどのようにお客さまをご案内しているのか、体験してほしいのです」
「はあ」
でも、何でこの恐怖ツアー?
他に“|古《いにしえ》の万葉古跡を訪ねる山の辺の道散策”とかもあるのに。
「オカルトツアーはそれなりのニーズがあることは、知っていますよね」
「はい、まあ」
「恐怖スポットと言うのは、ある意味異世界的とも言えるので、まずはそこから体験してもらうのがいいと判断したのですよ」
言われていることは分からなくもない。
でも……
怖いのは、苦手!
社長、私を怖がらせたいだけなんじゃない?
でも、行けと言われたら行くしかない。
「分かりました。それは、いつですか?」
「今夜です。ですので、すぐにでも発って欲しいのですが、大丈夫ですか? 何か、予定など――」
――今日かい!
「予定は何も」
「では、行ってもらえますね」
「……はい」
という訳で、2時間後、私は京都に向かう新幹線に乗っていた。
研修内容はともかくとして――
グリーンだよ! 人生初のグリーン席!
しかもお弁当代2千円ももらって、一番高い駅弁買って。
いやぁ、グリーンいいよね。
普通席の3列の真ん中とかだったら嫌だけど、これ、最高じゃん。
と、浮かれ気分の旅は3時間足らずで終わっちゃったわけで。
いつの間にか寝てしまってて、気づいたら京都駅の手前だった。
もっと満喫してたかったけど、まあ座り心地良かったから寝ちゃったわけで、それは仕方ないよね。
名残惜しかったけどグリーン車を降りてホームに降り立つ。
待ち合わせは改札前。
その改札口で、思わず私は引き返そうとした。
目に飛び込んで来たもの。
【ようこそ! 高穂木はるか様♡♡♡!】
でかでかと書かれたA2サイズのプラカード。それを持った女の人。
すみません、お|上《のぼ》りさんじゃないです。
恥ずかしいので、やめてください。
ってか、ハートマーク三連続は何?
とりあえず俯いてやり過ごそうとした私を、その女の人は見逃さなかった。
「高穂木さん!」
コンコース全体に響き渡る声で呼ばれる。
うわっ! 恥ずかしい。恥ずかしすぎるっ!
みんな見てるし、もうちょっと静かに言ってよ。
初めての京都が、こんな恥さらしになるなんて!
立ち尽くす私を、女の人が捕まえる。
いやホント、捕まえられた。
ごめんなさい。捕まりました。
なので、許してください。
「本部からいらした、高穂木さんですよね?」
私の腕を掴んだまま、その女の人が言う。
「はい……」
私は答えた。「あの、すみませんが、それ……」
「ああ、これね。ごめんなさい」
女の人が言う。「ここって人が多いから、目立つようにと思って」
「目立ちすぎです……」
女の人が笑う。
悪い人でじゃないみたい。
京都人って、取っつきにくいって聞いたけど、意外とそうでもないのかと思った。
作品名:ようこそ、伊勢界トラベル&ツアーズへ! 作家名:泉絵師 遙夏