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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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ようこそ、伊勢界トラベル&ツアーズへ!

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 それが終わると、私の方へ来て言った。
「じゃあ、行きますよ」
 応接コーナーの壁、ファンタジーっぽい絵が掛かっているだけの壁。
 どこへ行こうと言うのだろう。
「手を繋いで」
 訳の分からないまま、私は社長の手を取った。
 社長は私に目配せし、繋いでいない方の手を額に入った絵に伸ばす。
 次の瞬間、吸い込まれた。
 そう。そう表現するしかない。
 社長もろとも絵の中に吸い込まれた。
 気づくと、眼前に見たことのない光景が広がっていた。
 見たことがない?
 ううん、違う。見たことがあるような気がする。
 海外旅行のパンフレットで。
 でもさ、絵の中に吸い込まれて、グランドキャニオンに来てしまったなんて、信じられる?
 信じられるなら、あなたはすごいよ。尊敬するよ。
 でも私は普通に生きて来て、ちょっと変わったことはあったけど、それでも人並みな人生を歩んできたと思うよ。
 そんな私がいきなり異世界に行こうって言われて、オフィスの絵に吸い込まれた先が異世界で――
 やったー!
 異世界ひゃっはー!
 って、なれると思う?
 絶対無理でしょ。
 普通の神経の持ち主なら、絶対びっくりするでしょ?
 びっくりって言い方じゃ足りないくらいに。
「高穂木さん」
 社長の声で、我に返る。
「異世界に来た気分はどうですか?」
「どうって……」
 グランドキャニオンでしょ? 異世界じゃないじゃない。
 でも、ちょっと待って。グランドキャニオンって、こんなに青々としてたっけ?
 そう、地形はグランドキャニオンそのものだった。でも、緑が多すぎる。本物は、もっと赤茶けていたはず。
「空を見て見てください」
 言われるままに、空を見上げる。
 ――!
「月が……」
 月が、ふたつ。
 大きいのと小さいの。
 白いのと青っぽいの。
 どちらも三日月。
 それが、薄暮っぽい空に浮かんでる。
「ほら、あそこにも」
 今度は、社長は谷のずっと向こうを指した。
「鳥……ですよね」
 鳥の群れ?
 黒っぽいのが幾つか飛んでるのが見えた。
 羽ばたいてるし、鳥に間違いないはず。
 でも、遠近感がおかしい。
 この距離であの大きさに見えるってことは……
 社長が足元の石を拾って、思い切り遠くへ投げた。
 何をしたいのか分からなかったが、その理由はすぐに分かった。
 遠くで飛んでいた鳥影のひとつが、こちらへ向かって来る。
 社長が私の手を取り、近くの草むらに伏せさせた。
 羽音が近づく。
 鳥じゃない――!
 大きな影が、頭上を過《よぎ》る。
 強い風が砂を舞い上げる。
 社長が、仕草で黙っているようにと私に言った。
 上空を旋回するもの、それは――
 ドラゴン――!?
 えーと……
 混乱する。
 月ふたつにドラゴン一丁、お待ちぃ!
 あまりに突拍子もない光景に、思考があらぬ方向に行ってる。
 え? マジなの? マジでドラゴンなの? 知らない間にVR付けられてるってこと、ないよね?
 頭上から甲高い金属音のような咆哮が聞こえる。
 あの、伏せて黙ってろってことは、見つかったらヤバいんだよね?
 取って食われるかも知れないんだよね?
 これって、ショック療法みたいなの?
 私が異世界信じなかったから?
 だめ、漏らしそう。先にトイレ行っとくべきたった。
 それに、お茶って利尿作用あったはず。
 社長、そんな趣味あるの? 私が粗相するとこ見たいの?
 嫌よ、そんなの。お漏らしして、その上ドラゴンに食べられるなんて!
 上空を旋回する黒い影。
 それが私を覆うたびに身の縮む思いだった。
 いや、マジヤバいって!
 私はきつく目を閉じて、一刻も早くそれが去ってくれることを心から祈った。
 やがて、風が弱くなる。
「もう大丈夫ですよ」
 社長が、私の背を叩く。
 羽音も咆哮も聞こえない。
 私は目を開けた。
 助かった!
 死ぬかと思った!
 ちょっと、ちびってしまったけど、それは内緒。
 絶対言っちゃだめだよ。
 男の人だってそうでしょ?
 〇玉が縮み上がるとか言うじゃない?
 って、私ったら何を――
 えいっ、もうどうでもいいや。
 とにかく、助かったんだから。
 ドラゴンは、すでに遠くに去ってしまって、影も形も見えなかった。
「どうですか、これで信じてもらえたでしょう?」
 社長が笑みを浮かべて私を見る。
 もう、頷くしかなかった。
 ここは、確かに異世界だ。
 お話でしか読んだことのない、映画やアニメでしか見たことがない、本物の異世界。
 常識的な思考が停止してる。
 有り得ないものが、ここにある。
 私は立ち上がろうとした。
 でも、出来なかった。
 腰が抜けてた。
 ありきたりな表現だけど、下半身に力が入らない。
 まるで、コンニャクかプリンになってしまったと思えるほどに、足は動かせても腰が自分のものじゃないみたいになってる。
「高穂木さん」
 社長が手を差し伸べてくる。
 私はその手を取ったが、やっぱり腰が……
「ゆっくり、リラックスしてください」
 リラックスって言っても……
「力を抜いて」
 あの、すでに抜けちゃってるんですけど?
 私は、それを目でだけで伝える。どう言っていいのか分からないから。
 力を入れても抜いても――漏らしそうなんだよー
「そうですね。足が攣《つ》ったときみたいに、一旦力を抜くんですよ」
 ふぅ……
 もう、どうでもいいわ――
 全身の力を抜く。
 それを見計らったように、社長が私の手を引いて無理矢理に立たせた。
「あ……」
「どうかしましたか?」
「いえ……何でもないです……」
 ごめん。やっちゃった。
「では、戻りましょうか」
 社長は私の手を取ったまま、元の世界に戻してくれた。
 恥ずかしさのあまり、私はどうやって戻ったのか覚えてない。
 とにかく――
「すみません! コンビニ行ってきます!」
 私は大急ぎでオフィスを後にしたのだった。