忘却の箱
いい日旅立ち
あれは、小学一年生のとき。
私の通っていた小学校は街中の学校で人数も少なく、幼稚園からのクラスがそのまま上がって来ていた。
だから、友達関係もそのままだった。
当時、校庭の一角に植込みがあって、そこの岩でサラサラの砂を作るのが流行っていた。
流行っていたというか、それは私たちの間だけのことだったのかも知れないけど、休み時間のたびに集まっては砂で遊んでいた。
男ふたり、女ふたり。
子どものことだから、仲が良ければ性別なんて関係なかった。
その時は、たまたま他の男の子と女の子がいなかった。
たぶん、そう。
いたのかもしれないけど、私の記憶にはない。
いつものように岩のくぼみにグランドの砂をかけて、そこから流れ落ちるサラ砂を作っていた。
集める? そんなのじゃなく、ただ作っていただけ。
すごいねー、サラサラだねーって、ただそれだけ。
その女の子は、ちぃちゃんと言った。
ちっちゃくて、可愛い子だったと記憶している。
「ウチな……」
その子が唐突に言った。「よそ行かなあかんねん」
その時、私が何を言ったのかは全く覚えていない。
私が覚えているのは、その子が言った言葉だけ。
「なんかな、病気なんやて」
「学校、いたらあかんねんやて」
「こうちゃんとな、一緒に遊びたいんやけどな」
「みんなと一緒にいたいんやけどな」
「あかんねんやて」
多分私は、「なんで?」くらいのことしか言ってなかったと思う。
その子は泣いてた。
「みんなと一緒にいたいねん。せやけど、あかんねんて」
そんなに泣きながらも、その子が言った言葉。
「ごめんなぁ。もう一緒に遊ばれへん」
私がどういう反応をしたのかは、全く覚えてない。
でもその時、確かに憤りを感じていたはず。
その時、その感情の意味なんか分からなかった。ただ、なんで、ちいちゃんがどこかへ行かなければいけないのかと、悲しみだけは感じていた。
ただ、その悲しみは自分のものであって、ちぃちゃんはもっと悲しくて不安で寂しかったと思う。
何年か後に知った。
ちぃちゃんは、大きくなれない病気だったということを。
そして、一年生の1学期半ばに強制的に特別学校に転入させられたことを。
私は憶えてる。
ちぃちゃんが言ったことで、一番印象に残っていること。
「なぁ、こうちゃん。“いい日、旅立ち”って知ってる? いつか、そんな日が来たらええやんなぁ」
でも、それをどんな思いで言ったのか、今となっては私は知ることも出来ない。