忘却の箱
花火
高校生のとき、一度だけ男の子と花火に行った。
中学時代に部活で一緒だった子で、進学して学校は別になったけど、なんとなく会っていた。
ただ、それだけだった。
付き合ってるとか、そんな感じは全くなかった。
何かのきっかけでか花火大会に行こうという話になった。
当日、その子は遅刻してきた。
それを謝りもせずに、その子は私を見るなり怒りだした。なんで、浴衣じゃないのかって。
両親は共働きだし、一人で着付けなんて出来ないじゃない?
会っていきなり喧嘩した。遅刻して来たくせにって、もう帰るって私は言った。そんな私を、その子は強引に手を引いて人混みをかき分けて行った。
時間が遅くなったせいで、花火を見る場所なんてなかった。私は背が低いから、高い所に上がる花火以外見えなかった。
どうにも情けない気分になって、もう帰ろうって言った。私は人混みが苦手だったから。
しゃあないなって、その子は言った。
目つぶれよ、と。
何を言われているのか分からなかった。
普通でも見えないのに、目までつぶったらもっと見えなくなる。
「いいから。時間がない」
有無を言わせぬ口ぶりだった。
その子が、そんな言い方をするのは初めてだった。
よく分からないまま、私は目を閉じた。
いきなり脚を広げられて、頭が突っ込まれる。
「つかまってろ」
抗議する間もなく、体が持ち上げられた。
「見ろよ」
怒っている暇などなかった。
ちょうど、フィナーレの花火が眼前に拡がったから。
鼓膜を破るような大音響、光の乱舞。
そして、子どものように肩車されていることの恥ずかしさ。
それが、私の花火の記憶。
その子と付き合っていたのかどうかは、今でも分からない。
お互いにそれらしいことを言わないまま、いつの間にか会わなくなっていた。
古い携帯電話の中に、一枚だけ一緒に撮った写真がある。
その花火大会の後で撮ったもの。
少しだけ思い出した、夏の思い出。