時計
綾音は驚きを隠せなかった。
五〇年もの間、かつての恋人を忘れられずに、かつて少女の通っていた学校を見つめ続けている。そんな小説の中にしかないようなドラマが自分の日常のごく近くで展開されていたとは、とても信じられなかった。
綾音は言うべき言葉を失った。歌苗の言葉は、綾音の想像力を 遙かに超えていた。実際に、そんなことがあるのだろうか。しかし、これは紛れもない事実なのだ。
愛する人を喪ってしまったが故に、そしてその死が自分のいない間に訪れたが故に、歌苗の印象が強烈に心に残ったのだろう。そう、それは烙印のように心に灼きつき、彼を苦しませたに違いない。
綾音は、一人の恋人を思って五〇年もの歳月を過ごして来た人物の姿を思い描こうとした。しかし、それは無理なことだった。あまりにも、綾音自身が垣間見て来た現実と隔たっていたからだ。
「きっと――」
綾音は言った。「きっと、もう一度会えるわ」
そう、五〇年も待ち続けた二人なのだ。
そして綾音は思った。
神様も、きっと許してくれる――。