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天空の庭はいつも晴れている 第12章 地上の庭

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 ラフィアムが歌っていた。

「あの人が帰ってくる
 お茶とお菓子を用意しよう
 サモワールに火を入れて
 お湯をわかそう
 物語がひとつ終わる
 あの人はどんな物語を描いてきたのだろう
 きっと話してくれる
 時間はいくらでもある
 僕はシタールを奏でながら聞こう。
 さあ、お湯が沸いたよ
 あの人が帰ってくる 」

「風景が変わっている」アニスがつぶやいた。
 海は低い山並にとって変わった。その反対側では麦畑が広がり、金色の穂が風にうねる。
 灯台は変わらず、にすっくりと立っていた。その周りに茂っているのはありきたりの草花だ。金色のアワダチソウ、白い小菊をもっと小さくしたようなヒメジョオン、青いツユクサ、赤つめ草、白つめ草。それに、猫を遊ばせるのによさそうなエノコログサが配されている。
「不思議だね。どの草も好き勝手に生えているのに、草原全体ではとてもまとまっているような気がする」アニスが言った。
「宇宙は絶妙な調和で創られている。でも、それはここだけじゃない」ラフィアムが答えた。
 クホーンは相変わらず草の上にとぐろを巻いて憩っていた。
「おかえり。いい旅だったかな?」
「はい」アニスはうなずいた。
 雨の司主《つかさぬし》はその深い藍色の瞳で子供たちの顔を相互眺め、アニスに言った。
「君はちゃんと導き手の役割を果たしてきたね」
「導き手? 僕が?」
「ああ、そうだよ。『庭』を訪れなければならなかったのは、本当は君じゃなく彼女の方だった。もちろん、彼女は今までにも『庭』を訪れている。しかし、『庭』が彼女に送り続けてきたメッセージを、いつも受け取り損ねていたんだよ」
だから君を通して受け取ることが必要だった、とクホーンは話した。
「君が父さん母さんから贈られたものはルシャデールに贈られた。ルシャデール、今度は君がそれを誰かに贈らなければいけないよ」
「誰に、何を?」
 クホーンはそれには答えず、
「君はアニスや他の人にはない力を持っている。それを有効に役立てればいい。急ぐ必要はない」と、笑顔らしきものを作って見せた。竜の笑顔というのはいささか恐いものであったが。
「父さんや母さんたちには会ってきたね?」
「はい」アニスは答えた。
 みんな幸せそうだった。すーっと風が彼の髪をなでていく。
「もう雨を降らせても大丈夫かな?」
 悲しみは薄れていたが、アニスの中に居座っていた。たとえ、みんながこっちで生きているとしても、向こうに戻った時にいないのは同じだ。
 答えずにいるアニスにクホーンは尻尾で灯台を指して言った。
「見てくるかね? 家族が亡くなった時のことを」
 はい、アニスはうなずいた。
 ついて行っておやり、雨竜はルシャデールに言った。
「おまえが大丈夫でなくても雨は降らすんだろうに」
「うん、たぶんね。きっと気遣ってくれてるんだ」
「いいヤツだね、おまえは」
「ひねくれてないだけだよ」アニスはクスクス笑う。
「ふん、さすがに次期侍従候補は嫌味を覚えるのも早いもんだ」
 誰から教わったかは無視してルシャデールはふくれ面をする。
「いや、それは……」
「本当にそうなったらいいのに」少年の困惑を無視して彼女は不機嫌につぶやく。
「えっ、いやだ」アニスは即答する。
「なんで?」
「大変そうだし」
「軟弱者!」
 ルシャデールが手を振り上げて追いかけてくる。アニスはそれから逃れるように灯台の扉の中へ走り込んだ。入ってすぐに立ち止まった彼の背中にルシャデールがぶつかった。「急に止まるな!」
「ごめん……」
 灯台の中は真白い光に満ちた空間だった。
 深みのある声で、歌のようなものが聞こえる。

 静寂の空間、無の処《ところ》
 誰もいない
 誰も害さない
 決してどこにもつながらず、
 それでいて、
 すべての場所に行きつける、閉じた空間
 力の働かないところ
 音のないところ
 静止せよ、記憶の森に。
 ここは想い沈みし地なれば。

 声の主は大きな一羽のフクロウだった。
「ようこそ『時の灯台』へ」近くのコナラ林から一頭のフクロウが現れて挨拶した。灯台守のホーロウだと彼は名乗った。
「こんにちは」
「ここはあらゆる魂の記憶が眠るところ。見たいのは何だね?」
「亡くなる時の僕の家族を見せて下さい。」

 ちょうど家の上空にいるような感じだった。よく薪《まき》を拾いに行った裏山が、膨大な土砂となって崩れ、石の家をおもちゃのように押し流していく。が、それだけではなかった。
 精霊たちが集まっている。二十人ぐらいはいるだろう。みんな暖かな金色や銀色の光を放っていた。大きな羽を持つ精霊もいる。何人かが盛り上がった土砂の中へ入っていき、両親や妹、祖父を抱えて出てきた。みんな苦しくはなさそうだ。
 物置小屋からアニスが出てきた。呆然と立ちすくんでいる。精霊も亡くなった家族も彼には見えない。家族が一人一人アニスを抱きしめていく。その口は「すまない」とか「ごめんね」とか言っていた。みんな、穏やかな顔ではあるがアニスを一人残していくことに心を痛めているようだった。
 映像はそこで終わった。
「あの最後に現れた精霊たちは?」
「導きと見守りの精霊エフェットじゃよ。誰でも生まれた時から四、五人はついておる」
「あまり苦しまずに逝ったんでしょうか?」
「ああ、苦しんだのは君じゃろう。一人生き残ったことで自分を責めてはいかんよ」
「自分を責める?」
「君は一人生き残った自分を憎んでいたろう。そして、自らに罰を与えるために、雨が降る度に記憶を呼び戻し、恐怖を刻印していた。違うかね?」
「わかりません」……でも、そうかもしれない。
「罪を感じる必要はないのじゃよ。生きることは常に祝福じゃ。そして、よく生きた者にとっては死は恩寵となる」
「でも、エルドナは短すぎませんか?」
「彼女は君に喜びを与えなかったかね?」
「ええ、それは確かに」
「とすれば、彼女はその役割を立派に果たしたと言えないかな?」
「え……でも、すると妹はたったそれだけのために生まれてきたのですか?」
「妹さんが君に喜びを与えたことが、君には『たったそれだけ』のことなのかね?」
「えっ、いや、そうではなく……僕はもっと妹に楽しいことやうれしいこと、たくさんしてほしかった。他の女の子のように」
「だが、妹さんはそういう人生を選んだ。愛を与えるだけの短い人生。それを選べる彼女はとても強い魂の持ち主なのだよ。彼女は死ぬのが早すぎたと残念がっていたかね?」
「いいえ、生まれ変わるのを楽しみにはしていましたが」
「そうだろう。妹さんが君に贈る気持ちと君が妹さんを思う気持ちはそれぞれ別、そう思うかもしれんが、思い合う時に二つは一つだ。だからカデリで経験する君の喜びはこちらにいる彼女の喜びになる。無理に納得する必要はない。早世した妹さんを悼む気持ちが、カデリに戻った時、の思いやりや優しさに変わっていくだろう。その時また彼女のことを思い出してごらん」
 灯台守は、次にルシャデールに見たいものをたずねた。
「未来も見えるの?」
「ああ、その場合は『今の時点で一番起こりそうな未来』になるが。知っておるかもしれんが、未来はギリギリまで不確定じゃからな」