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天空の庭はいつも晴れている 第10章 囚われの野

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「なぜ、この人たちは戦っているの?」誰にというわけでもなく、アニスはたずねた。
「さあね。当の本人だって覚えていないかも」ルシャデールは素っ気なく言った。「領土を広げようとか、そのくらいのものさ。さっきの守銭奴とたいして変わりないよ。ただ、こっちの方が規模がでかいだけ」
 よく見ていると、兵士たちはいくら切られても、矢を打ちこまれても戦い続けていた。首を落とされても剣を振り回している兵士もいる。どちらの兵士もあとからあとからわいて出て来る。
 サラユルによると、半分以上は幻影だという。残りの半分がその幻影を作り出して、戦い続けているようだ。彼らの中にはガシェムじいさんのように、死んだことに気がついていない者もいるが、多くは『戦え』という王や将軍の命令に縛られていた。そのために、死してなお戦うのだ。
 腕や足がなくなっている兵士もいる。
(これを向こうの世界で見たら、正気でいられないだろうな)


「カッコウが他の鳥の巣に卵を産むって、知っているかい?」サラユルが聞いてきた。
「うん。ホオジロやオオルリの巣に産みつけて、孵った雛は養い親の卵を巣から出してしまう」
「ずるいと思わなかった?」
「うん、思った」
「自然の生き物には『自分』と『他者』の区別が、人間ほどにははっきりないんだ。だから、仮親のホオジロは必死で育てる」
「間抜けだからだ。自分の卵を壊されたことも気づかない」ルシャデールは言い捨てる。
 それを無視しサラユルは続ける。
「ホオジロやオオルリ並にというのは無理だろうけど、もう少しカデリの人間が、自分の欲を捨てて他人も愛せるようになってくれればいいんだけどね。カズックが自分から神を降りたのは知ってる?」
「降りた?」アニスは聞き返した。ルシャデールも初耳だったらしい。目を見開いてサラユルの方を向いた。
「あいつは……カズクシャンの人間に見捨てられて、精霊に落ちたんじゃないの?」
「違うよ。彼は大きな神殿の奥深くに座して、人々の祈りを受けていた。でも、大多数が自分と身内の安泰と繁栄だった。物質的な欲望をかなえることばかり。嫌気がさしたんだ。そして、より人間に関わることができるよう、半肉半霊の身となった」
「だからって、たいしたことしてないじゃないか。私と会った時はボロい祠で丸くなって寝てただけだよ」
「君はカズックと出会ってなければ、とうに死んでいた」サラユルは静かに言った。
「彼は寝場所を提供してくれただけでなく、仕事のメドまでつけてくれたじゃないか。そして、トリスタン・アビューを連れてきた」
「カズックが仕組んだことだったの?」アニスはたずねた。
「そのくらい、彼には簡単だよ。フェルガナへ行く予定の商人を見つけて、行く前にちょっと君が辻占いをしている広場に足を向けさせる。フェルガナに着いて腹痛を起こさせ、アビュー家の施療所に行かせる」
「あいつ……」ルシャデールがうめくようにつぶやいた。「人を木偶《でく》か何かみたいに動かして、そしらぬ振りをしていたのか」
「神は人間の使い走りじゃないからね。傀儡子《くぐつし》はなっても。彼にとっては、みなし子や未亡人の一人や二人助けるなんてどうってことないよ。でも、一人一人の幸福は、カデリでの生とともに終わってしまう。畑を耕し、種を植え、雑草を取り、肥料をやって、やっと実をつけても、収穫する前に洪水で押し流されるようなものだよ。人間は同じことを繰り返す。他人を蹴飛ばし、突き落としても、自分が生き残ろうとする」そう話すサラユルは哀しそうに、相変わらず戦い続ける人々を見やる。
「カズックは」彼はルシャデールとアニスの方を振り向いた。「洪水でも流されない種をまこうとしているんだ」
 カズックがカデリで過ごした何千年、何万年という長い歳月、その目に何を映してきたのか、アニスの想像を越えていた。ただ、神にも悲しみがあるのだろうと、思うと、何かが胸に重く響いていた。
 彼らは戦場を出ると、次の洞窟へ向かう。
「人の欲望の行き着くところはこれだ」サラユルは一歩踏み入れた。

 禍々《まがまが》しい赤い花のような巨大な雲 
 白い閃光が一面を支配する。
 体が吹き飛ばされる。熱く、苦しい。
 引き裂かれる 自分がばらばらに砕かれてしまったようだ。
息ができない。
 アニスには何が起きたのかわからなかった。
 空気が重くて息苦しい。
 あたりは白い熱が充満し、陽炎に歪む景色の中、石の建物が溶けていく。
 人も動物もちりのように細かく吹き飛ばされるのが見えた。
 土くれみたいになった人間。動物なんて見当たらない。
 あちこちの土の中から悲鳴が聞こえる。
 赤い雨が降る。血?
 空は真っ暗になった。夜のような闇。恐怖? 絶望? いやそんなものでは表せない。
 叫びだしそうになった時、誰かがアニスを抱きとめた。暖かい。
「大丈夫。全部幻みたいなものだから」
 声が聞こえる、というよりも、思いが直接胸に伝ってくるような感じだ。姿は見えなくても、ルシャデールだということはわかる。
 今は形などないようだ。『アニス』『ルシャデール』という個人の枠すら取り払われて、二人の魂は一つに混じり合う。少年の中へ、少女の記憶や感情、さまざまなものが入っては出て行く。同時に、彼女の中へ自分が流れ込んでいく。
 どれほど時間が経ったのか、それとも全然経っていないのか。アニスにはよくわからなかった。ゆっくりと彼らは再び分離する。

 気がつくと、むっつりしながらも少し優しい顔の彼女が見えた。心配しているのがわかる。
「大丈夫、ありがとう」
 そう言ったら、彼女は不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。照れているらしい。
 しばらくして、サラユルも見つかった。
「サラユル!」ルシャデールは彼に怒りをぶつけた。「アニスは初めてなんだ! 何もこんなところに連れてこなくてもいい!」
「ルシャデール、僕は大丈夫だから。そんな怒らないで」
 自分のことを心配してくれたのはうれしかったが、アニスはサラユルに掴みかからんばかりの彼女を押しとどめ、引き離すとたずねた。
「ここはどういうところなんですか?」
「大昔の戦争の記憶だよ。とても文明が進んでて、夜でも昼間のように明るくできたり、冬でも夏でも寒くなく、暑くなく快適に過ごせる世界だった。だけど、人を殺す道具もひどく進化、というのかな、今よりずっと強力なものができていた。ピスカージェンの街一つ、人間もろとも一度に破壊してしまえるだけのものだった。人間の根本的な部分はあまり進化していないんだ。あるときそれが使われてしまって……そしてこうなった」
 溶けた瓦礫《がれき》はガラスのようになっていた。土と石くれしか残っていない。荒涼たる風景が広がる。
 一つの世界の死。土くれに還っていく。すべてがなかったものとして。
ヒューヒューと風が泣き叫ぶ。
「これは、僕らが住んでいる世界で大昔にあったことなの?」
「うん。今の君たちの歴史はせいぜい五、六千年ってとこだろうけど、一万年ほど前に、カラヌート人が海の果てから来て、野生のケモノと変わりなかった君たちの先祖に知恵をつけた。そのカラヌート人が来る二万年ほど前だ」