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天空の庭はいつも晴れている 第10章 囚われの野

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 ユフェリには亡くなった人が順調に『庭』へ行けるよう、手伝いをする者がたくさんいるらしかった。そういった者をソワニと呼ぶのだとルシャデールは教えてくれた。もともとはカデリでの人生を何度か送った者だという。いずれまた、生まれ変わるつもりの者もいれば、ここでずっとソワニとして過ごすつもりの者もいるという。
 橋の近くまで来た時だった。
「やあ、待ってたよ」と、彼らに向かって手を振る者がいた。
 白髪といってもいいきれいな銀髪、一見老人のようだが、よく見ると顔は若者だった。薄い水色の目が澄んでいる。アニスは朝日に輝くダイヤモンドダストを思い出した。あれを人の姿にしたらこんな感じかもしれない。
「知っている人?」彼はルシャデールにたずねた。彼女は首を振った。
「誰?」
 けげんそうにルシャデールがたずねた。
「あ、もしかして」アニスの頭にひらめくことがあった。「サラユル?」
「うん、そう呼ばれていた。サラユル・アビュー。七代目……だったかな?お見知りおきを」
「水晶の精……ってミディヤが言ってた」
「ふーん」ルシャデールは警戒心をあらわにする。「で、何しに来たの?」
「案内人として」
「そんなものいらない」
「君はいらないかもしれないけど、僕は必要なんだ」サラユルは涼しい顔で答えた。
ルシャデールは気に入らないようだったが、それ以上は言わず、アニスに次行くよ、と声をかけた。
「次って?」アニスはたずねた。
「『囚われの野』さ。なかなか刺激的なところだよ」
 ルシャデールはそう言うが、彼女にとっての『刺激的』とはどの程度なのか、アニスは考えると少し不安になった。
 橋の上は多くの人が行き来する。先に亡くなった人たちの出迎えもあちこちで見られた。
 その一方で「来るな」と追い返す人もいる。言われた方は戸惑いながら戻っていく。きっと向こうで生き返ることになるのだろう。
 橋を渡っていくと道は二つに分かれた。一つは船着き場へ、一つは荒れ地へ続く。船着き場に泊まっている船は、さっきルシャデールたちが橋まで乗った舟よりはずっと大きい。百人ぐらいは乗れそうだ。そこはかなりの人が順番を待って並んでいた。
 だが、ルシャデールはもう一つの道へ進んだ。
 両側が切り立った崖の上に道は通っていた。右も左も岩山が続くばかりの荒れ果てた光景が遥かに広がっている。地平線の方はおぼろげにかすんでいた。木一本、草一本生えていない。そちらへ向かうのはアニスたち三人だけだ。
 船の方がいいな、アニスは後ろを振り返った。すると、サラユルが教えてくれた。
「あれは、カデリでの生を終えた人しか乗れないんだ。大丈夫、落ちたからって死ぬわけじゃない」
 サラユルはルシャデールよりも愛想よく、いろいろなことを教えてくれる。
船に乗った人のすべてが、『庭』に着くわけじゃないこと。川の中に、自分の欲望や執着するものを見出して、水中に飛び込んでしまうこと。そして、行き先は囚われの野にあるさまざまな世界だということ。
「さまざまな世界って?」
「これから見せてあげるよ。おいで」
 サラユルは崖道の途中についた分かれ道から、荒れ野へと降りて行く。ルシャデールがアニスの手をつかむ。きつい目をアニスに向けているが、怒っているというより、心配してくれているようだ。
「ありがとう」
 そう言うと、ルシャデールはさらに怒ったようにそっぽを向いてしまった。
 崖下の荒れ野は、岩山ばかりだと思ったが、その岩のあちこちに入口のような穴がいくつも口を開けていた。まるで岩を穿った住のようだ。
 生きるものの影はなく、ときおり吹きよせる砂埃に陰鬱な気分が迫ってくる。誰も何も言わない。
 サラユルはその穴の一つに入っていった。景色が変わる。
 現れたのは金貨が山積みになった大きなテーブル。それがいくつもある。
 そのテーブル一つ一つに、人が一人ずつ座って金を数えていた。男もいれば女もいる。若者も老人も。
 目の前のテーブルの男は、醜く太った体をりっぱな衣服に包み、狡猾そうな目つきで金貨を積んでいく。そばでは、擦り切れた服のやせた女が、金貨が落ちてこないかと物欲しげに待っていた。
 彼らは金貨しか目に入らないようだった。よく見ると、他のテーブルから奪ってくる者もいた。奪われた方は、またよそのテーブルから奪ってくるのだ。
「守銭奴の国だよ」ルシャデールが言った。「ああやって、金数えと強奪を繰り返すんだ。たぶんずっと」
「ずっと?」
「守銭奴か……君らの世界にはいい言葉があるね」サラユルが笑った。「彼らはお金に対する執着が強くて、『庭』へ行けないんだ」
 カデリで生活していくのにお金が必要なのはアニスもよくわかっている。そして、お金以上に大切なものがあることも。
「どうして、この人たちはお金に囚われるようになってしまったんだろう」
「恐れているから」サラユルは答えた。
「何を?」
「無になってしまうこと、かな」
「無?」
 カデリに生きる人々がユフェリの記憶を失ったのは遠い昔のことだった。ユフェリから来て、カデリでの生を送った後、再び還る。このことはおぼろな信仰と、数少ないユフェレンの経験と知識の中にのみ生きている。
「坊さんたちは、死した者の魂は天界の園へ行くと話している。でも、それをみんなどこまで信じているだろう。ユフェリの存在と魂の不死を信じていないとしたら、彼らはどうすればいい?死して無になってしまうのなら、死を一時でも遅らせるしかない。生き延びること。それだけだ。そのために、必要になってくるのが、お金や権力、武力、そういうものさ」
「遅らせようとしたって死はやってくる」
 ルシャデールは無情な口ぶりで言った。
「そうだね。だから、みんな自分の分身を残そうとするんだ」
「ああ、なるほどね」ルシャデールは皮肉な声音でうなずく。「自分の地獄に自分以外の者も引きずり込みたくて、親になるんだ。自分が親にされたように、自分の子供を罠にはめるんだ」
「君は憎んでる? お母さんを」サラユルがたずねた。
「……別に。どうでもいいよ、あんな女」
 ルシャデールは刺すような目でサラユルをにらんだ。しかし、彼はそれを柔らかく受け止め、微笑んだ。彼女はぷいと顔をそむけた。
「君の中で種はとうに芽吹き、花を咲かせる準備をしている。咲けなかった花は一番美しいけど、これから咲く花はもっと美しい」
「……」ルシャデールは納得できないようだ。
(御寮様は、本当はお母さんが好きなんだ)
 だが、アニスはそれを口にはしなかった。
「ミディヤが似たようなことを言っていました。」
 サラユルはにっこり笑った。
「かわいいミディヤ。僕がカデリで生きたのは、あの一回きりだけど、彼女は一番素敵な子だった。」
「あー……そうかもしれません」アニスは少し無理をして同意した。
 サラユルはそれには頓着せず、
「さあ、次へ行こう」と、みんなを促した。
『囚われの野』巡りは続く。次に訪れたのはその隣の穴だった。
 目の前の平地で二手に分かれた兵士たちが戦っている。その数、数千人はいるだろう。縦横無尽に振るわれる剣に槍。放たれる矢。
 雄叫びが空気を振動させる。