オヤジ達の白球 61話~65話
「5、6歩歩けば玄関だぜ。そのくらいなら我慢できるだろ。
じゃなぁ。無事に送り届けたぜ。引き留めるなよ。俺はこれで帰る」
「あら。帰っちゃうの? あなた」
「この雪だ。古いだけが取り柄の我が家が、つぶれているかもしれねぇ。
急に心配になってきた。そういうワケだ。いちおう帰る」
「わかりました。そういうことならひき止めません。
でもね。ひとつだけあなたの帰り道で、心配なことがあるの」
「帰り道の心配?。なんだ、おだやかじゃないね。どんな心配だ」
「さっき登って来た急坂。帰るときはけっこうな下りになるの。
そうねぇ。例えていえば、雪がたっぷりのノーマルヒルの
ジャンプ台ってところかしら」
「ノーマルヒルと言えば、70メートル級のジャンプ台だ。
そいつは凄い。想像しただけで鳥肌が立ってきた。
急に帰りの道が怖くなってきた。
この雪はまるでおれたちのための、遣らずの雪かもしれねぇな」
「遣らずの雨は聞いたことがあるけど、遣らずの雪は、初耳です。
長らく会っていなかった男が久しぶりに、女のもとへやって来る。
久方ぶりの逢瀬にも関わらず、男はまたすぐ、出ていく用事をもっている。
わずかな時間を惜しむ2人。
そろそろ出なければと男が立ち上がったとき、それに合わせるかのように、
激しい雨が降り出してくる。
まるで、まだ行ってほしくないと、引きとめるように。
こんな風に行かせたくないのに行こうとする人を引きとめる雨が
遣らずの雨なのよ」
「さすがはもと文学少女だ。言うことがちがう。
しょうがねぇな。中華まんをサカナに、熱燗でも呑むとするか」
作品名:オヤジ達の白球 61話~65話 作家名:落合順平