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天空の庭はいつも晴れている 第7章 無明の闇

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 ルシャデールは答えなかった。ソニヤはどういうわけか苦手だった。いつもほがらかで、よく気がつく。礼を失せず、お嬢様扱いはするが、下手なことをしたらぶたれそうな厳しさも内側に持っている。
 もっとも、人を小馬鹿にしたような顔は見せないから、ルシャデールもメヴリダの時のように壺やら鉢やら投げるようなことはしなかった。ただ、話しかけられても、必要に迫られないと答えることはなかったが。
「御前様はもっと御寮様とお話ししたいようですよ。でも、何か聞いてもあまり答えてくれないと、残念がっておられました」
「ふーん……」
 気のない返事だった。
 デナンとの約束で、トリスタンとは一緒に食事をしている。話しかけられても、無視はしていない。といっても、口から出るのは『はい』『いいえ』『わからない』の三語だった。
 この前の悪夢からずっと重い気分が続いている。ソニヤの元気さがひりつくように痛い。
「ごちそうさま」ルシャデールは立ち上がった。「庭を散歩してくる」
「まあ、もうよろしいんですか?」半分残ったピランカの皿を見てソニヤも立ち上がる。「お散歩でしたらご一緒しますよ」
「一人にして」はねつけるように言って、ルシャデールは出て行った。
 後に残ったソニヤは溜息をついて、皿をかたづけた。

 庭に出たからと言って、特にすることもない。
 アニスとはここ一週間以上話していなかった。顔を合わしてはいるが、周囲を見回し、そそくさと姿を消す。
(どうしたんだろう……)
 そのとき、どこからか石がルシャデールの前に飛んできた。そちらを見るとドルメンの木立からアニスが手を振っていた。
「御寮様」小さな声で呼ぶ。
 なんとはなしにあたりを見回しながら、彼女は木立の方へ近づいていく。
「いやにこそこそと動いているじゃないか」つっけんどんな言い方になる。
「その……いろいろあって」
 二人はドルメンへ入って行った。
「最近なんだか無視しているような様子だから、もう向こうへ行くのはやめにするのかと思ったよ」ルシャデールは彼を睨みつけて言った。
「無視しているつもりはないです。ただ、僕は召使の中でも一番下っ端だし、それはちゃんとわきまえておかないと……」
「何、それ? わきまえるって?」
 軽い混乱がルシャデールを襲う。よくわからないが、アニスが自分から離れようとしているのは感じた。
「え……っと、自分の立場をよくわかって、それにふさわしく行動することです」
「言葉の意味なんて聞いてない!」
「え?」
「なんでわきまえなきゃなんないんだ?」
「それは……きっと僕が御寮様が親しくしてくれるのをいいことに、僕がわがままなことを言い出したり、無茶なことをしたりしないよう、みんな心配してくれているんだと思います」
「わがままとか無茶なことって?」
「えっと……仕事さぼったりとか、御寮様にお金出させて高価なものを買うとか……かなあ」他にもまだあるのだが、この年のアニスには考えが及ばない。
「そういうことを、おまえはするわけ?」
「しないと思います」
「ならいいじゃないか。わかっちゃいないんだ、みんな。」
「でも、世の中ってそういうもののように思います」
 アニスに母の顔が重なる。オマエナンカドコカヘイッテシマエ!
「おまえまで……そういうことを言うのか。」
 いつもと違う様子のルシャデールに、アニスは何も言えなくなった。
「おまえまで、私に背を向けていくんだ! もういい!」
 次の瞬間、ルシャデールはドルメンを飛び出して行った。
「御寮様……」
 アニスは彼女の背中を呆然と見送った。

 その日、夕食の時間になってもルシャデールは姿を見せなかった。屋敷は大騒ぎだ。
 ソニヤの話では、昼間、おやつを食べた後、庭を散歩すると言ってそのまま行方がわからないという。敷地内をくまなく探したが見つからず、男たちは、執事とデナンそれに子供のアニスをのぞいて皆、街へ探しに出払っていた。
 責任を感じたのか、ソニヤはひどく参ってしまっているようだ。
「一旦、引き上げて、夜が明けてからまた捜索を出した方がいいのではありませんか?」
 執事がトリスタンに提案した。陽が落ちてから半時以上が経っている。暗い中での捜索は効率が悪い。おまけに雨季のなごりの雨も降りだしていた。
「そうだな。戻った者から休むように言ってくれ。……どこかで雨宿りしているといいが……」トリスタンは侍従の方を向き、「カームニルへでも帰るつもりだろうか?」
「帰りたくなるほど、あの街に愛着があったようには思えませんが」

 夕食の後、アニスは自室へ戻っていた。
(最後に御寮様と会ったのはソニヤさんではなく僕だ。御寮様はきっと僕が言ったことに傷ついて出て行ったんだ。ソニヤさん……執事さんたちに責められたんだろうか。御寮様のおそばにちゃんとついていないから、とか)
 ソニヤはデナンが引き抜いてきた侍女だ。だから、執事は気に入らないだろうと、噂好きな洗濯女たちは話していた。
(僕は……卑怯者だ。最後に御寮様と会ったのは僕だって言うべきだったのに。言わなかった。ここを追い出されたくなかったから)

 五日ほど前のことだ。アニスは執事ナランの部屋に呼ばれた。そこにはビエンディクも待っていた。そして、ナランに問い詰められたのだ。
『最近、御寮様とよく遊んでいるらしいね。仕事をさぼって』
 えっ? と驚くアニスに、いつもは温厚な顔を崩さないナランは厳しい目を向ける。
『しかも、人のいない物置で何やらごそごそやっていたというじゃないか』
 土瓶を探していた時のことだろう。誰かに見られたのかもしれない。
『厨房からパストーレンを盗み食いしたとも聞いたよ』
 施療所に忍び込む時、カズックにやったパストーレンのことだ。しかし、それは厨房のドレフィルに頼んでもらったのだ。それは違います! と、抗議したが、聞き入れてはくれなかった。
『パストーレンは犬にやるようなものではない。あんな高価なものを厨房の誰が犬になどくれてやろうとするものか。嘘をつくのもいいかげんにしなさい。それに、下男のラタンじいさんが小銭の入った財布が部屋からなくなったと騒いでいる。まさか君のせいじゃなかろうね? まあ、ラタンじいさんは最近、物忘れが多くなったから、どこかに置き忘れたのかもしれないが。パストーレンのことも大目に見てやろう。だが、君のような子を御寮様と遊ばせるわけにはいかない。今後、挨拶以外で御寮様と口をきいてはいけない、いいね。もし、言いつけを破った時はこの屋敷から出て行ってもらう! 話はそれだけだ、行きなさい』
 僕、盗みなんてしていません、そう言いたかったが、薬草を施療所から持ち出した後ろめたさが、それを押しとどめた。ショックでうつむきがちに部屋を下がるアニスの後ろで、ビエンディクが執事に言っているのが聞こえた。
『今までは真面目でよく働く子だと思ってきましたが、こずるく立ち回ってそう思わせてきたってことでしょうかね。親を亡くした可哀そうな子と思って、甘やかしてきたのがよくなかったんでしょう』
 ショックだった。お金まで盗んだと疑われたことが。しかし、ばれてはいないが、薬草を盗ったのは間違いない。