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不可能ではない絶対的なこと

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 この物語はフィクションであり、登場する人物、場面、設定等はすべて作者の創作であります。ご了承願います。

「この世で唯一、不可能ではないと確実に言えることは、死ぬことだけである」

                 舞香のこと

 この間まで、少し歩けば額にうっすらと汗が滲んでくるような夏を思い出されるような陽気だったかと思えば、気が付けばめっきりと朝晩は寒くなり、霜が降りている日も少なくなっていた。
 季節はすでに十二月をまもなく迎える時期であり、街にはイルミネーションが目立つようになっていた。
――どこに行っても聞き慣れた音楽が耳に馴染む時期になってきたんだわ――
 と、駅に向かう毎日変わらぬ光景を見ながら、島崎明日美は感じていた。
 短大の一年生の明日美が、ついこの間高校生だった自分を思い出していたのは、今の時期というのが、一年の中で、その一年が一番短かったことを感じさせる時期だということを思い出させたからだった。
 どこに行っても流れているクリスマスソング、クリスマスをテーマにした曲は少なくはないのだろうが、どこに行っても流れている曲というのは、それほど多いものではない。スタンダードな音楽を聴いていると、意味もなくワクワクしてしまう自分がいるのだが、ワクワクしたところで何かがあるというわけではないのにワクワクしてしまう自分に苛立ちを感じるくせに、この時期を嫌いだとは思えなかった。
――ウソでもいいから、ワクワクさせてくれるのはそんなに悪いことではない――
 と感じていた。
 明日美は、
「夏と冬ではどっちが好き?」
 と聞かれた時に、
「冬」
 と迷わずに答えるだろう。
 その理由は、
「夏は頭がクラクラして立ちくらみを起こしたり、身体に纏わりつく汗が気持ち悪かったりするからよ」
 と答えていた。
 しかし、明日美のまわりの人のほとんどは、冬の方が苦手だった。
「どうして? 冬は寒いでしょう? 寒いと身体が固まってしまってケガをしやすい。それに風邪もひきやすいし、インフルエンザなど、深刻な病気も多いじゃない」
 と言っていた。
 確かに女性というのは男性に比べて寒さに弱い。冷え症が多いのは女性の特徴だ。明日美も皆と同じように冷え症なのだが、それよりも夏の暑さによる立ちくらみや貧血を深刻な悩みとして毎年感じていた。
「でも、冬もいろいろな行事もあるし、それに何と言っても食べ物がおいしい。だから、冬を本当に嫌いだと言いきれないところが私にはあるのよ」
 と、高校時代の親友は話していた。
 だから、彼女も本当は夏の方が苦手なのではないかと思っていたが、彼女が自分から、
「夏の方が苦手」
 と言いださない限りは、触れないようにしていた。
 明日美の友達にはそういう人が多かった。自分の気持ちを押し隠そうとするのに、明日美にはすぐに看過されてしまう。だが、明日美もそのことを追求しようとは思わない。下手に追及してしまって相手を気付付けることはしないようにしたかったからだ。
「明日美って、変わってるわね」
 まわりに気を遣っている自分が、まわりからは誰からも気を遣われていないような感じだった。唐突にあからさまなことを言われてドキッとはするのだが、どうやらその気持ちがあまり表には出ていないようなのだ。そういう意味でまわりからは、
「明日美って、何を考えているのか分からないところがあるわ」
 と陰口を叩かれていることも明日美は分かっていた。
 だが、それはそれでいいと思っていた。その方が却ってまわりに気を遣ってあげているという感覚がないからだ。下手に気を遣ってあげていると思うと、それに対しての見返りを期待してしまう自分がいるからで、見返りを期待しないでいい代わりに、まわりから言いたいことを言われている方がいいと考えるのも、まわりが言うように、本当に明日美は変わっているのかも知れない。
 明日美はそんな自分を誰も好きになってくれることはないと思っていた。実際に自分が誰かを好きになることがなかっただけに、人を好きになるという感覚が分からなかったのだ。
 明日美は、自分が実際に見たり感じたりしたことしか信じない。人が何を言おうとも、自分中心というべきなのか、人を信用しきれない。
 自己中心的な人間とは違う。自己中心的な人間は、あくまでも自分が中心というだけで、まだ人を信用する余地を残している。しかし、自分中心の考え方というのは、自分が納得しなければ容易に信じることのないという意味で、融通の利かない性格だと言ってもいいだろう。
 そういう意味では我儘な人の方が、まだ扱いやすいのかも知れない。明日美のようにまわりを信じないようになってしまうと、次第に信じているはずの自分も信じられなくなってしまう。その時に、
――私は自己中なんじゃないかしら?
 と感じるのだが、自己中であることを認めたくない自分がいる。
 明日美はあくまでも自分は自己中心的な人間ではないことを自負していて、
――あんな人たちと一緒にされては困る――
 と感じていた。
 要するに天敵のように毛嫌いしているのだ。
 他の人たちから見ると、明日美と自己中心的な人とはどこが違うのかと言いたいのだろうが、明日美に言わせれば、全然違うと言いたいのだろう。違いが分からない人がいる限り、明日美は自己中心的な人を毛嫌いすることをやめない。
 明日美は、
「私は自分中心の我儘な性格なんじゃなくって、自分が第一なのよ」
 と友達に話していた。
「それが自己中心なんじゃないの?」
「違うわよ。自己中心の人は自分が第一だとは思っていないと思うわ。あくまでも人と違うということを証明したいという思いが強くて、第一に考えることは、自分が人とは違うという思いなのよ」
 と明日美は言うが、他の人にはその理屈がいまいち分かっていないようだった。
「でも、明日美だって、自分は人とは違うんだって言ってなかった?」
 と言われることがあるが、それは違う。
「私は確かに他の人とは同じでは嫌だっていう意識は強いわ。でも、それも自分が第一だっていう思いの方が強いので、他人との比較は二の次なのよ」
 という。
 しかし、友達はそれでもよく分からない。
「明日美は変わっているという印象が強いんだけど、明日美自身、その意識はあるの?」
「あるわよ。変わっていると言われる方がいいくらいだわ。最初は人と同じだと言われなかったことが嬉しかったんだけど、最近考えるのは、人はそれぞれであって、まったく同じ人なんて存在するわけないんだから、変わっていると言われることが、個性を認められているように思えて、嬉しく思うのよ」
「皮肉なのに?」
「私は皮肉だって思わない。人のことを変わっているという人の方が、よほど変わっているように思えるじゃない。その人こそ、自己中なんじゃないかしら?」
「明日美が嬉しく思うのは、皮肉をいう人に対して、反面教師のように感じているからなのかも知れないわね」
 と言われて、
――なるほど――
 と感じた。