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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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わたしの草原

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 なぜ、わたしはいま、そんなことを思ったのだろう。わたしの心の底に眠る、遙かな記憶のせいだろうか。
 わたし自身は、こんなところを知らない。でも、どうしてだかよく知っている場所のような気がする。それに、言葉で言い表せないほどに、とても懐かしい。
 また、だれかがわたしを呼ぶ。
「だれ? だれなの!」
 返事はない。当たり前だ。だれもいやしないのだから。
 でも今度は、さっきよりも、はっきりと聞こえた。
 何と、呼んでいたのだろう……。
 確かに、声として伝わってきたのに、わたしにはそれが何と言っていたのか思い出せなかった。
 わたし自身の心が作り出した幻聴だろうか。ひとは、心の中で歌をうたうこともできる。声に出さずに、その音階をたどることもできる。
 風が吹き過ぎる。わたしのまわりで、それはくるくると回って、まるでそんなわたしの思いを笑っているかのようだった。
 そう、なにも心配しなくてもいいんだよ。
 風は、そう言っているようだった。いや、風だけじゃない。まわりのすべて、草も空も雲までもが、わたしを優しく包み込んで、そう言っているのだ。
 そうか、あの声は、わたしの心に直接に響いてくるのだ。そう、この大地や空のささやきのように、ことば以前の思いの波として、わたしに伝えられたものなのだろう。
 でも……。
 わたしは思った。あの声は、それらのものとはどこかが違っていた。それはまるで、わたしをしきりにある方向へと導こうとするかのようだった。
 また、だれかがわたしを呼ぶ。
 だれ?
 わたしは、そう叫ぼうとして、そのまま言葉を呑んだ。
「……!」
 はっきりと聞いたのだ。その声を。そして、分かった。
 その声は……、その声の主は……、わたしだったのだ!
「いやあああああああああ!」
 絶叫がほとばしった。その鋭い叫びは、あまりにも広い草原の彼方へと、虚しく吸い込まれていった。
 風がまた、わたしの頬をなでて、通り過ぎていった。

作品名:わたしの草原 作家名:泉絵師 遙夏