わたしの草原
なぜ、わたしはいま、そんなことを思ったのだろう。わたしの心の底に眠る、遙かな記憶のせいだろうか。
わたし自身は、こんなところを知らない。でも、どうしてだかよく知っている場所のような気がする。それに、言葉で言い表せないほどに、とても懐かしい。
また、だれかがわたしを呼ぶ。
「だれ? だれなの!」
返事はない。当たり前だ。だれもいやしないのだから。
でも今度は、さっきよりも、はっきりと聞こえた。
何と、呼んでいたのだろう……。
確かに、声として伝わってきたのに、わたしにはそれが何と言っていたのか思い出せなかった。
わたし自身の心が作り出した幻聴だろうか。ひとは、心の中で歌をうたうこともできる。声に出さずに、その音階をたどることもできる。
風が吹き過ぎる。わたしのまわりで、それはくるくると回って、まるでそんなわたしの思いを笑っているかのようだった。
そう、なにも心配しなくてもいいんだよ。
風は、そう言っているようだった。いや、風だけじゃない。まわりのすべて、草も空も雲までもが、わたしを優しく包み込んで、そう言っているのだ。
そうか、あの声は、わたしの心に直接に響いてくるのだ。そう、この大地や空のささやきのように、ことば以前の思いの波として、わたしに伝えられたものなのだろう。
でも……。
わたしは思った。あの声は、それらのものとはどこかが違っていた。それはまるで、わたしをしきりにある方向へと導こうとするかのようだった。
また、だれかがわたしを呼ぶ。
だれ?
わたしは、そう叫ぼうとして、そのまま言葉を呑んだ。
「……!」
はっきりと聞いたのだ。その声を。そして、分かった。
その声は……、その声の主は……、わたしだったのだ!
「いやあああああああああ!」
絶叫がほとばしった。その鋭い叫びは、あまりにも広い草原の彼方へと、虚しく吸い込まれていった。
風がまた、わたしの頬をなでて、通り過ぎていった。