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天空の庭はいつも晴れている 第5章 動き出した計画

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〈彼が亡くなった家族に会いたいと言いまして、『天空の庭』に連れて行くと約束しました〉
〈ふむ。それは確かに会いたかろうな。花守は……まあ別に花守に限ったことではないが、無礼な口をきいて機嫌を損ねさえしなければ、教えてくれるじゃろう。ただ、昔話をちょっぴり聞かされるかもしれないが〉
〈機嫌を損ねたらどうなります?〉
〈草花や木をすべて枯らせてしまうかもしれぬ。もっとも、あの子の力が及ぶ範囲はこの屋敷に限定されておるが〉
 薬草が全部枯れたとしても、アビュー家の財力ならば、どこからか買い入れることは可能だろう。しかし、枯れた庭にクホーンや頻伽鳥《びんがちょう》、その他の精霊たちが訪れることはないだろう。人間が気づいてなくても、草木や精霊の存在が与える影響は小さくない。ルシャデールはそう思っている。そして、それは当主であるトリスタンや彼を頼ってくるケガ人、病人にも作用しているはずだ。
〈しかし、まあ、天空の庭の本質を理解している者ならば、彼女の機嫌を損じることはあるまい〉
〈天空の庭の本質?〉
〈別に頭で理解していなくてもいいのじゃよ。心の奥深くでわかっていれば〉
〈ご機嫌を損じないようにしたいと思います〉
〈うむ、そうであるよう祈っておるよ。呼び出すのは簡単だ。『かわいいミディヤ、出ておいで』庭でそう呼べば姿を現す。できればアニスというその坊やの方がいいかもしれん。あれは男の子にそう呼ばれると喜ぶ〉
〈ありがとうございます、守護精霊様〉
〈エムルトと呼ぶがいい。『様』などと、こそばゆくてかなわぬ。たまに遊びにくるのはいっこうに構わぬぞ。現世《うつしよ》に生きる人間と話すのは久方ぶりじゃ。そのうち、わしの来し方を話して進ぜよう。精霊とてそれぞれに歴史があるのじゃ〉
〈長そうなお話ですね。〉ルシャデールは苦笑した。
〈わしがこの固い世界に来たのはざっと二千年ほど前じゃろうか。カズック殿に比べるとひよっこじゃがな。あの方は大地の核のように年古《としふ》りておる〉
〈そう……なのですか?〉
 カズックが神だったことは知っているが、どれほど長命か考えたことはなかった。まして、彼の過去など想像も及ばない。
〈よい子は寝る時間じゃな。またおいで〉
 ルシャデールは頭を下げると自分の体へ帰って行った。

 フェルガナの雨季は、それほどじめじめしていない。一日に二、三回、一時間程度さーっと雨が降り、再び陽が射す。それが五月の末頃からひと月程度続くのだ。
昼前に降った雨で庭は濡れていた。埃が洗われた草木は緑鮮やかだ。葉に置かれた露が陽光をはじき、小さな水晶玉と化している。
 アニスはかごを手に薬草園を歩きながら考え込んでいた。おととい、花守を探すよう言われた。もともと自分の頼みから始まったことだ。それをかなえてくれようとするルシャデールには感謝している。しかし……。
 彼はあたりに人がいないか見回した。誰かに聞かれたくはなかった。
「かわいいミディヤ、出ておいで」小さな声でつぶやいた。「かわいいミディヤ、出ておいで」
(うわあ、なんだか恥ずかしい)
 そんなことをやっているうちにかごはいっぱいになった。もう戻ろうとして、何かが聞こえた。
(え、風の音? それとも……)
〈ねえ、聞こえてる?ねえったら〉
「え? 誰?」
〈誰って、あなた呼んだでしょう〉
 高い声、いや、正確には肉声ではない。頭の中に直接女の子のような高い声が響いてくる。
「君はミディヤ?」
〈『ミディヤ』じゃないわ。『かわいいミディヤ』よ。間違えないで〉
 どっちだっていいじゃないか、と思ったが、ルシャデールからの注意を思いだす。精霊を怒らせるとひどい目に遭うらしい。ひどい目というのが、魔法で蛙に変えられるのか、魔物に食べられてしまうのかわからないが、ここは素直に言うとおりにするに限る。
「かわいいミディヤ、どこにいるの?」
〈いやだ、あなた見えないの。〉
 次の瞬間、何かが顔の前を通り過ぎ、彼のまぶたに触れた。
「うわあああっ!」
 目の前に大きな影が現れてアニスは後ろへのけぞり、尻もちをついた。目に入ったのは大きな葉っぱの形に枝のような手足がついたものだった。目鼻らしきものはない。背の高さは周囲のラベンダーに隠れるくらいだ。
〈そんな、お化けでも見たような驚き方しないで〉
 花守は気分を害したようだった。
(お化けでも見たような……って、お化けに見えるんだけどな。でも、ご機嫌なおしてもらわないと。
 アニスは立ちあがった。
「ごめんなさい、いきなりでびっくりしたから。君が花守のかわいいミディヤさん?」
〈そうよ。あなたは?〉
「僕はアニス。ここのお屋敷で働いているんだ。君は薬草のことを何でも知っているって聞いたから、教えてほしいと思って。御寮様がドルメンのところにいるんだ。一緒に来てもらえるかな?」
〈ドルメンはいや。昔、あそこでひどいことされたの〉
「じゃあ、ここに連れてくる。待ってて」

 すぐにアニスはルシャデールとカズックと一緒に戻ってきた。
 さすがに精霊慣れしているのか、花守の姿を見ても彼らは驚かなかった。平然と木の葉に挨拶する。
 四人は庭師たちに見つからないよう、彼らは薬草園のずっと南側へ移動した。この辺はあまり草花も植えておらず、自然の野原みたいになっている。庭師たちも寄りつかない。今はタンポポに似たコウゾリナと白いヒメジョオンが花を咲かせていた。この一角に半分壊れた物置小屋があるのだ。四人はそこへ入った。
「あなたはサラユルなの?」
 花守はルシャデールに向かってたずねた。
「サラユル? それは何? それとも誰?」
「知らないの? ずーっと昔のアビュー家の人。私は彼を待っているの。」
 ルシャデールの目には、彼女と同い年くらいの女の子の姿が重なって見えた。ぼさぼさの赤茶色の髪、ぽかんと開いた口。やぶにらみの目は焦点が合っていない。
「あたし、大昔にここのドルメンで生贄にされたの。オスニエ川、ああ今はカベル川だったわね、川が氾濫したの。たくさんの家が流されて、人がいっぱい死んだわ。畑もだめになって、食べる物がなくて、飢え死にする人も出てきて」
 生き残った人々は、月の女神シリンデの巫女にお伺いをたてた。すると、「生贄を捧げよ」との御宣託が下ったのだ。生贄にするのは若い娘か子供と決まっている。しかし、自分の子供を生贄に出したい親などいない。
「私は他の子より頭が弱かったの。五歳くらいになっても言葉がうまくしゃべれなくて。ご飯食べるとか、服を着るとか、他の子が一人でできることができなくて、父さんや母さんは怒ったり、悲しんだりしたわ。でも、可愛がってくれていた」
しかし、村長たちが役に立たない子だから、いい厄介払いになるぞ、と父親に迫ったのだ。村長から畑を借りていたこともあって、逆らうことはできなかった。それに、養わなければならない子供はミディヤの他にもいたのだ。
「黒曜石の大きなナイフが私の心臓に突き立てられたわ。とても恐ろしくて、苦しくて。そのままずっと、何百年か私はあのドルメンにいたの。ナイフを突き立てられたまま。