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天空の庭はいつも晴れている 第5章 動き出した計画

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 アニスはよろよろ立ち上がると、目の周りをぬぐって出て行った。
 
 他の者の思惑をよそに、ルシャデールにとって当面の気がかりはアニスとの約束だった。とりあえずは、書物で例の植物について調べてみようと、午後から書庫へ向かった。
 廊下の突き当たりの書庫の扉が開いている。そこにデナンの姿があった。調べものでもしているのだろう。ルシャデールはまっすぐに書庫に向かう。
「これは御寮様、お勉強ですか?」
 デナンは彼女の姿を認めてたずねた。
「うん、植物とか薬草の本を見たいと思って」
「それでしたらこちらに」
 彼は書庫の奥の方へ案内してくれた。
「この二冊が適当かと思います」
 書棚から出して彼女に差し出した。植物図鑑と薬草の本だった。
「ありがとう」
「辞書はお使いになりますか?」
「ジショ?」
「わからない言葉を調べる本です」
 きまり悪そうにルシャデールはうなずく。
「聞いていい?」
 分厚い辞書を受け取りながら、意を決したように彼女は侍従を見上げた。彼は開きっ放しだったドアを閉めに行った。他の召使に聞かれてはいけない話題だと察したようだ。
「何でしょうか?」
「この前の女の人のことはトリスタンから聞いた。で、あなたと結婚していることになっているって?」
「はい、その通りです」
「……それでよかったの?」
 大人びた顔で彼女は侍従をじっと見つめた。デナンもまっすぐ見返す。
「はい」迷いなく彼は答えた。「御前様から打ち明けられた当初、認めることはできませんでした。三年近く議論した末、わたくしが折れました。普段は物事に執着なさらない方ですが、これだけは譲れぬと」
「それじゃ自分が結婚できないじゃない?」
 彼は微笑むだけだった。
「好きな女の人、いないの?」
「……わたくしには手の届かぬ方でした」
 ふうん、と気のない相づちを打つ。それから酒場でくだを巻くおやじのような口調で言った。
「ま、女なんかいない方が世の中平和だよ」
 デナンの目が笑う。
「でも、神和師の侍従は苦労が多そうだね。ユフェレンは変わり者が多いし、現実的な世渡りが下手だって聞いた」それはカズックに聞いた話だ。
「お嫌いですか、あの方が?」
「大人はみんな嫌いだ」
 するとデナンはクスクス笑った。
「何がおかしいの?」
「こんなことを申し上げると失礼かと存じますが、わたくしの子供の頃によく似ていらっしゃると思いまして」
「あなたの子供の頃?」
 ルシャデールはこの侍従に興味を持った。
「わたくしの家は貧しい貴族でした」
 働かなくても十分生活できるもの、それが貴族だ。しかし、貴族もさまざま。下級の貴族になると、荘園など持たず、働かねば食べていけなかった。
「父が早くに亡くなり、母は働くことなど考えられない女でしたから、幼少の頃よりわたくしが生活を支えておりました。荷車押しから使い走り、井戸掘りや畑仕事の手伝い、いろいろな仕事に手を染めました」
 そんな風には見えなかった。貴族的な物腰に、武人としての鋭敏さも備え、庶民のように体をこき使う仕事をしたような泥臭さはまったくなかった。
 ルシャデールは黙って続きを促す。
「貴族からは働くなど貴族の風上にも置けぬと蔑まれ、平民からはあれで貴族かと嘲笑され……。そんな頃のわたくしと、御寮様はよく似ていらっしゃると思ったのです」
「可愛げのなさならきっと私の方が上だ」
 ルシャデールは自慢にもならないことで威張る。
「はい。わたくしは品よく、突っ張っておりました」
 デナンはぬけぬけとそう言って微笑った。
 普段のデナンから察するに、そんな話など滅多に他人にしないのだろう。ルシャデールに話したのは、おそらくトリスタンのためだ。主人とその養女の仲がうまくいっていないのを見て、わずかでも二人の間をつなごうとしているように思えた。
「幸せだね、トリスタンは」ルシャデールはぽつりと言った。「あなたのような人がそばにいてさ」
「おそれいります」
 自分にも彼のような侍従がつくのだろうか。ルシャデールはデナンを見上げる。
「神和家では『侍従は召し出される』と、よく言われます。嗣子が成人の儀式を迎える十五、六歳までには、おそば近くに現れているそうです」
「あなたもそうだったの?」
「わたくしは当初、御前様の護衛としてアビュー家に参りました」
 その時トリスタンはまだ家督を相続していなかったが、侍従は他に決まっていた。しかし、翌年その侍従が急死したため、デナンがその後を引き継いだ。
「御寮様にも、ふさわしい侍従が必ず現れます」
「そうだといいね」他人事のような口調だった。そもそも、ずっとここにいるどうかもわからない。
 だが、デナンが彼女に向けるまなざしには、アビュー家の嫡子への敬意と信頼が見える。居心地が悪くなって彼女は本をぎゅっと抱きしめ、部屋に戻った。
 結果的に植物図鑑と薬草事典はあまり役に立たなかった。植物図鑑は絵入りだったが、肝心のヌマアサガオとマルメ茸は出ておらず、薬草事典には両方とも記載されていたが、処方については記述がない。
「デナンのやつ、私が悪さしないよう、わざと役に立たない本をよこしたんじゃないのか……」
 一人ごちて、門のところにいた守護精霊のことを考えた。
 精霊たちは時に気難しい。礼を失すると、何も教えてくれないどころか、かえってひどい目に合わせられる。
「カズックに相談した方がいいか……」
 ルシャデールはつぶやいた。
  
 その晩、ルシャデールは屋敷の守護精霊を訪れた。彼はたいがい正面門の近くにいるらしい。そのそばには門番小屋がある。門番は三人いるが、一人は必ず不寝番にあたっていた。
 見つからないように体は寝室に置いてきた。今の彼女は幽霊のような状態だ。
〈こんばんは、守護精霊……様〉ルシャデールは声をかけた。
 守護精霊はあごひげをはやした顔をを彼女に振り向けた。
〈アビュー家の跡継ぎ、ルシャデールです。御挨拶が遅れもうしわけありません〉
 ぺこんと、頭を下げる。口上はカズックに教わった通りだ。
〈五十二代目じゃな〉
〈はい、いつも屋敷を守ってくだ……くだすってありがとうございます〉
〈アビュー家の者がわしと話をしに来たのは八代前の当主以来じゃ。しかし、挨拶のためにだけ来たのではなかろう?〉
〈この屋敷の庭の花守に会いたいのですが、どこにいるのか知りませんか?〉
〈花守か……あれは滅多に姿を見せぬ。人間嫌いな子でな〉
〈なんで……いえ、どうしてですか?〉
〈あの子は昔、人間だったらしいのだが、その時に酷い目にあわされたという話じゃ。会ってどうするのかね?〉
〈薬草の処方を教えて欲しいと思ったんです〉
〈何の薬草じゃな?〉
〈ヌマアサガオとマルメ茸です〉
 守護精霊は眉間にしわをよせた。
〈ふむ、ヌマアサガオとマルメ茸とな。その目的は?〉
 精霊をだますのは難しい。彼らはその場にいなくても、ものごとを知ることができるからだ。
〈屋敷にアニスという男の子がいます〉
〈おお、知っているぞ。毎朝夜明け前から門前や玄関前を掃除している坊やだな〉
 五月も末になると日の出はかなり早い。感心しつつルシャデールは続けた。