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天空の庭はいつも晴れている 第5章 動き出した計画

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 カシルク寺院をはじめとする、寺や礼拝所で行われているのは、シリンデとは違ったものへの信心だった。
 人はみなすべて光の子。ユークレイシスに発している。すべての魂は兄弟姉妹であり、愛し合い、許しあうことを第一とする。信仰というより処世への指針と言った方がいいかもしれない。フェルガナでは『ユクレス』と呼ばれている教えだ。千五百年前にオルソーズという者が始め、その弟子モドレーが広めた。
 シリンデへの信仰はユクレスが広まって、一時期衰退したが今は少し回復している。だが、神殿は斎宮院一つしかなかったし、人々のよりどころとなっているのはユクレスの寺だった。
「そういえば、メヴリダさんが辞めるらしいですよ」
「ほんと?」思わず声が高くなる。
 二、三日前の昼食の時に使用人たちが話していたのだという。執事にも辞めると話したらしい。
「どうやら次の仕事が決まっているみたいだって、誰かが言ってましたよ」
「やった!」
 代わりの人がすぐ来ますよ、と言うアニスも心なしか顔が緩んでいた。
「これも噂ですけど、デナンさんが次の人を見つけてきたらしいです」
「デナンが……」
 本来使用人の雇い入れは執事の権限だ。それをデナンが口出しするのは明らかに越権行為なのだ。
「デナンは……何か言われている?」
「まあ、いろいろと……」アニスは言葉を濁した。「デナンさんは人に何言われようが動じませんし、人の機嫌とるようなこともしませんから。……強い人です」
 ルシャデールはあいまいな笑みを浮かべた。彼が選んでくれた侍女なら少しはましかもしれない。
「雲が早いですね」
 アニスは空を仰いだ。
「雨になるかもしれない」雲と風の流れを読んで、彼女は立ち上がった。「戻ろう」
 屋敷の門が見えてきた時だった。
「あ……」
 ルシャデールは声を上げた。
「どうしたんですか?」
 彼女が急に止まったので、アニスは不審に思ったようだ。ルシャデールは門の上を指差す。右手に槍、左手に両刃の剣。飾りのない鎧と兜をつけたいかめしい姿で立っている者がいる。
「何かありますか?」
 重ねてたずねられ、ルシャデールはアニスの方を向いた。きょとんとした顔で彼女の方を見ている。
(ああ、そうか)
 彼には見えていないようだ。ということは人ではない。彼女は記憶をたぐる。カズクシャンで、似たような者を見たことがある。大きくて古い屋敷や寺院の、たいがいは門の付近にいる。
 守護精霊。栄えている場所にはたいていいると、以前カズックが話してくれた。
(彼なら知っているかもしれない)
「何でもない、行こう」
 ルシャデールは少年の方を振り返って言った。今まで、自分がユフェレンであることがうとましく感じたことはあまりない。しかし、アニスと共有できない世界があるのは、少し寂しかった。

 屋敷に戻ったアニスには、今度はいつもの薬草摘みが待っていた。御寮様のお供をしたからといって、他の仕事を免除してもらえるほど、僕童は楽ではない。
 執事に帰邸を告げ、物品庫の前を通り過ぎようとした時だ。腕をつかまれ、ぐいっと中に引っ張り込まれた。
 中は薄暗かった。細長い部屋に窓は小さいのが一つ。蜜ろうそくの匂いがする。アニスの好きな匂いだが、今はそれどころではなかった。目の前に威嚇的に立っている相手の顔は逆光でよく見えない。胸ぐらをつかまれたかと思うと、いきなり殴られた。床に崩れ落ちる。何が起こったのかわからなかった。
「おまえ、いい気になるなよ」
 従僕見習いのクランだった。アニスより四つ上だが、よく気がつく性格で、使用人の間では評判がいい。家事頭ビエンディクの甥だという。
「え……何が……何を……どういうことですか?」
 どぎまぎして舌がもつれる。彼にはなぜクランがこんなところへ連れ込んだか、理解できなかった。
「ふん、まともにしゃべることもできないのか。……最近、御寮様に取り入ってるようだな」
「取り入るなんて……」
「侍従にでもなろうってのか?ハッ!おまえみたいなのろまな奴に勤まるわけないだろう。身の程知らずもいいとこだ」
 どうやらクランは自分が侍従になりたいらしい。もちろん、ルシャデールの侍従だ。
 屋敷の召使はおおむね三種類に分かれる。汚れ仕事をする洗濯女や厨房の洗い場担当は最下級だ。今のところアニスはこの部類に入る。その次が庭師、厩番など外仕事の使用人、それから主人の近辺に侍る従僕、家事頭、その上に執事がいる。
侍従は執事よりもさらに上位に位置する。
 もともと、侍従は王からの『賜りもの』だった。グルドール帝国の弱体化に功績があった呪術師を神和師として取り立てた時のことだ。
 強い敵がいなくなった時に、一緒に戦ってきた強い味方が今度は敵になる。歴史の中ではよくあることだ。王は神和師たちを脅威に感じたのだろう。
 そして、反逆心がないか探らせるために、側近の侍従を彼らに下したのだ。神和師の方もそれを承知していたため、侍従とするにあたって、厳しい誓いを立てさせたという。
 そんな時代も過去となり、今の神和家はどこも、王に反逆などという気概を持つ者はいない。
 ただ、侍従が他の召使より抜きんでた立場にあることは、変わりなかった。宮廷にも出入りし、高貴な方々ともお近づきになれる。執事の約二倍の俸給。若くて多少気の利いた使用人が目指すのも無理はない。
「僕が侍従になんて……なれるわけないです」
 アニスはか細い声で言った。
「あたりまえだろ」クランは敵意を含んだ目でにらむ。「身の程をわきまえないと痛い目をみるぞ。この悪霊憑きのチビネズミ、おまえを追い出すなんて簡単なんだ。今後、御寮様とは口をきくな。用を言いつけられたら、他に仕事があるとか言って断れ。いいな」
「は……はい」
「今の話、他人に言ったりしたら……どうなるかわかってるな?」
クランはそう言い捨てて出て行った。
 アニスはその場にしゃがみ込んだ。
(ごめん、父さん。僕は弱虫の卑怯者だ)
 父イズニードなら、こんな時絶対にクランのような奴のいいなりにはならなかったろう。たとえ自分より強者であっても。口の中に金気が広がる。唇が切れていた。
 アニスは「いい子」だった。
 使用人の中でも一番の下っ端として分をわきまえる。生意気だと思われるから意見を言ってはいけない。いいことも悪いことも目立つことはしない。
 大人には大人の事情があるから、それも考慮する。例えばギュルップとメレダが茂みで話をしてても気づかない振りをする。
 噂話はすぐに忘れる。もし、話を振られたら「そうですね」で流す。
 いつも、とりあえず笑顔。間違ったことをしたらとにかく謝る。
 それが今のアニスの方針だった。ずっとアビュー家にいたいなら、他の使用人ともうまくやっていかなければならない。
 だが、その方針が最近揺らいでいる。ルシャデールは大人たちの顔色なんか伺わない。両腕を広げて向かい風を受け止める。
(かっこいいな)
 アニスは憧れにも似た気持ちで彼女を見ていた。もちろん、彼女はアビュー家の御寮様だから立場が違う。
 大人に秘密の計画を持つことは危険だと、『方針』は警告している。それは小さな棘のように胸に刺さっていた。