欠けた月の暗闇の中
下弦の月へ
加奈は麟が3歳になるとバイオリンを習わせ始めた。5歳になった麟は、加奈が見込んでいたような才能がないことに、加奈は落胆した。加奈の指導が悪いのだと加奈は一流の教室に通わせた。
発表会では、独奏できるまでになっていたが、加奈は満足できなかった。教室から帰った後も加奈は、麟にバイオリンの練習をさせた。
麟はバイオリンの練習が嫌いになり始めていた。部屋からバイオリンの音が聞こえないと、加奈は麟を叱った。
「バイオリンは嫌い」
麟のその言葉に、加奈は麟のほほを平手打ちしていた。5歳の女の子は、床に倒れた。
そのことが原因だったのかは定かではないが、麟は軽度の難聴になっていた。あまりに音を外すことが多くなり、教室の担当教師が、耳鼻科まで連れて行ってくれたのだ。鼓膜が破れていると診察された。その教師は加奈にそのことを報告し
「これからバイオリンを続けるのでしたら、精密検査をされたほうがいいですよ」
と言ってくれた。
加奈はその時自分が麟のほほを殴ったからではないかと、後悔した。
CT検査で耳小骨も骨折していることが判った。手術することになった。
手術後、麟の聞こえ方は正常になったのかも知れなかったが、麟はバイオリンの練習を拒否した。加奈は苛立ちから麟を再び殴ってしまう自分への恐怖心もあり、そのことは認めざるを得なかった。
バイオリニストとして一流になる自分の夢を、麟に託した加奈であったが、その夢も消え去ったのだった。