欠けた月の暗闇の中
錯覚
宮本は女性に感じる自分の感は鋭いと思っている。加奈は攻めればものにできると思った。もちろん今までの宮本は、それでいろいろなデザインを考えてきた。女性の最後の砦を攻略するときの気分。
ロビーでのクラシック音楽家からの思いがけない演奏者の加奈の言葉であった。魅せるということは見せることに始まるのだと宮本は感じた。加奈は初めから下着のラインは気にしていなかったのかもしれないと思い始めた。そうであれば、名刺に書いた宮本のメモは失礼になったのかも知れなかった。宮本はそのことを加奈から訊きたかった。
フロントに訊いたところで教える訳はないから、宮本はだめもとで
「こちらにバイオリ二ストの本間加奈さんがお泊りと聞きました。今日サインが戴けなかったので、サインが欲しいのですが、確認していただけますか」
「お待ちください」
「よろしいとのことですが、ホテルの者がご一緒いたします」
「良かった」
従業員が宮本の色紙を持って加奈の部屋に入った。しばらくして、従業員は出て来た。宮本は5千円をチップとして渡した。そのまま従業員と別れ、5分ほど時間をつぶし、加奈の部屋のドアを軽くノックした。
チェーンロックはしたままであるが、ドアが開いた。
「ロビーでお会いした宮本です。下着のラインのことで、お話したいです」
「ショーツを作っている方ね」
「はい」
「どうぞ」
加奈は宮本を部屋に入れた。
「ラインは意識的に見せたのですか?」
「嫌味にならない程度・・」
「そうでしたか、僕は今まで隠すことに拘っていました」
「殿方は、脱がせたいのでしょう」
「そうですね」
「手間がかかる、焦らせる。女の武器ですわ」
「そうですね。あなたの魅力をぼくは全部呑み込みたいな」
「呑み込むって?」
「あなたを僕のものにしたい」
「今会ったばかりなのに」
「だからですよ。会ったばかりで感じたことが大切なんです。デザインはそうなんです。インスピレーション。一瞬の愛も、記憶に残る1ページになれるはずです。今日お聴きした、あなたのバイオリンのように」
加奈は宮本を見つめた。何故だろう。廣木に似ている。廣木に誘われているように感じてしまうのだ。