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短編集55(過去作品)

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甲子園の魔物



                 甲子園の魔物


 池田高志は商業高校を卒業し、地元の中小企業に就職して三年ほど経っていた。高校時代も毎日がそれほど楽しいものではなかったが、就職してからの方が毎日に変化がなく、とりあえず、平和に何事もなく一日が終わればそれでよかった。
 二十歳過ぎの青年にしては、冷めているのかも知れない。
 彼女でもいればまた違ってくるのだろうが、高校時代から女性に縁がなかったのだ。
 仕事は単純作業、会社は日配関係の商品の卸業で、池田の仕事はスーパーを回って陳列棚に商品がなければ、次の日までに納入する仕事である。商談関係は営業に任せて、彼は商品運搬と納入が主な仕事である。
 ずっと外回りだったが、それでも最近新入社員が入ってきたので、少しは事務所にいる時間が増えてきた。事務所にいる時は、主に伝票整理、自分が納めた商品の伝票の整理をする仕事が回ってきた。
――なるほど、こんな風になっているんだ――
 出先から注文を聞いたり、自分で伝票を切って、翌日には納入するのだが、実際の伝票がどのように流れているのかまったく分からなかった。だが、事務所でのデスクワークは退屈ではあったが、自分の仕事の幅を広げるという意味では楽しくもあった。
 だが、それでも単純作業のイメージは捨てきれずに、楽しさは少しずつ減ってくる。そのうちにマンネリ化してしまって、何も考えることなく毎日が過ぎていく。
――仕事ってこんなものなんだ――
 何かを考えて、会社のためにするのが仕事だと思っていただけに、単純作業は物足りない。それでも会社のためになっているというのなら、それでもいいのだ。毎日何かを追い求めるのもいいのだろうが、平穏無事な生活を望むことが毎日を一生懸命に生きるということに繋がっていた。
 夏の時期になると池田は嫌な思いをする。特に盆前あたりから嫌な時期が始まるのだった。
 中小企業ではあったが、会社には食堂があった。うどんやカレーといった軽食くらいしかできないが、お弁当を持ってきている人でも、足りなければうどんを頼んだりする人もいた。
 池田は、カレーライスが好きなので、いつもカレーを頼んでいた。食堂にはテレビもあり、昼休みにはバラエティー番組がついていた。
 別に食い入るように見るわけではなく、ついているから目が行くのである。ついていなければかなり殺風景で、暗い雰囲気になるのは分かっていた。
 夏の盆を挟んだ時期は、バラエティを見るわけではない。バラエティであれば、誰もが集中してみているわけではなく、池田と同じように、
「ついているから見ているだけだ」
 という人が多いに違いない。だが、この時期についているチャンネルは、皆が引き込まれて見ているように思えてならなかった。
 ボリュームも大きく、食堂全体に響き渡っている声は、歓声である。悲鳴にも似た黄色い歓声が響き渡ると、誰もがブラウン管に集中する。若い女性の黄色い歓声は、ブラウン管への集中力を高めるには、効果甚大のようだ。
 盆を挟んだこの時期、関西が熱い。灼熱の太陽の中、繰り広げられている光景は、「夏の甲子園」、言わずと知れた高校野球である。
 普段は、昼休みが終わって誰もいなくなれば、テレビを消すのが当然になっているが、この時期はテレビがつけっぱなしになっている。
「どうなったかな?」
 食堂にはジュースの自動販売機、さらには喫煙室があるので、社員がひっきりなしに訪れる。普段でも休憩室も兼ねているので昼休み以外でも人の出入りはあるが、仕事の話が多いため、誰もテレビをつけるわけではない。しかし、高校野球のチャンネルは消されるわけではなく、ひっきりなしに休憩と称して食堂に集まってくる人の目は、ブラウン管に集中している。それが池谷は嫌で嫌でたまらなかった。
――何がそんなにいいんだろう――
 それが本音である。
 何かに熱中するのは悪いことではないし、応援するのも悪くはない。それが高校野球だから池田は嫌なのだ。
 プロ野球であれば、好きな球団もあって、応援したくなるのも当然だが、池田は高校野球だけは夢中になっている人が信じられない。
 不思議なことに、他の高校スポーツならそこまで嫌なわけではない。野球だから嫌なのだ。
 実は池田も高校時代に野球をやっていた。甲子園を目指して、毎日練習をしていた。彼が通っていた高校は決して甲子園に出られるような強い学校ではなかった。まったく注目されていなかったと言ってもいいだろう。
 甲子園に出られるのは、全国からお金を使って野球のうまい選手を集めてきて、彼らがそれなりに活躍することが条件である。
 地区予選が始まる前も、地元のスポーツ紙は各校の戦力分析なるものを行う。
「余計なことを」
 と何度も考えたものである。
 当然注目されるのは、お金で集められた期待されている選手である。学校側の推薦も当然彼らに集中する。マスコミも恰好のネタになるというものだ。
 だいたい、高校にスカウトがいるというのもすごいものだ。甲子園に出ることで学校のイメージが上がり、名前が知れるための必要経費なのだろうが、それ自体、やっている選手には関係ないというものだ。高校の頃から胡散臭い思いで見ていたが、今は考えるだけでも虫唾が走るのだ。
「一生懸命に野球をやっていた時期って何だったんだろう?」
 もちろん、お金で集められた選手ほど野球がうまいとはいえないのは分かっていた。レベルの違いも、練習試合などをしていれば、おのずと分かってくる。だからこそ、彼らへの目は、
「仕方ないのかな」
 と思わざるおえない。何しろ、うまいのだから注目も仕方がないことだった。
 最初は嫉妬心だったが、そのうちに彼らに対しての哀れみの目が芽生えてきたのに気付くようになる。
 どこに哀れみを感じているのかハッキリとは分からないが、試合の中で沸いてくるイメージを感じなければ、誰にも分からないだろう。
 一度でも対戦してみれば、テレビのブラウン管を通してでも分かってくる。同じチームの連中は、
「やつらに勝てっこないよな」
 弱気な発言をしているが、本音であることも間違いではない。試合をする前からそんな心境では士気が高まるわけもないが、池田にはどうしても、その意見を覆すだけの意気が上がらないのも事実だった。
 自分の高校時代が記憶の中からよみがえってくる。実際によみがえってくると、まるで昨日のことのように感じるのが不思議だった。
 実際に試合になると、池田は思ったよりも楽しかった。相手の方がギクシャクしているのが分かるからである。
 優勝候補の学校と当たったこともあった。池田が一年生の時で、ベンチには入れたが、さすがに補欠だった。冷静な目で見ていられた。
「負けて当然」
 この気持ちは楽だった。誰もが期待していないと考えると、思い切ったこともできるものだ。
 それでも最初は、勝ちに行っていた。一回の表を零封すると、
「ひょっとして、いい試合ができるかも知れない」
 などと考える。
「今日は俺の調子もいいんだよ」
 エースが肩を振ってみせる。守っている野手もその気になった。だが、それも一瞬のことで、十分もすれば考え方がまったく変わってしまった。
作品名:短編集55(過去作品) 作家名:森本晃次