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短編集55(過去作品)

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 意のままにできるといっても仕事上、保険に入らせることである。それだけで良かったのだ。趣味と実益が交差する世界。それが保険のセールスであった。
 保険に入ってもらうためには、相手をおだて上げ、自分がさも相手の言いなりになっているかのような屈辱感すら味あわなければならない。だが、契約を勝ち取ると立場は一転してしまう。あくまでも精神的なことではあるが……。
 それを瑞枝は恭子の中から感じ取った。
 だが、実際には保険に入ってくれない男性も少なくはない。うまくかわされた感がないではないが、仕方がないことと割り切るしかなかった。黒い手帳に彼らの名前だけが残されていく。記憶は消せるものではないので、封印してしまう。手帳を見るたびに屈辱感に苛まれ、さらなる意欲を持って次のターゲットへの糧にする。それが瑞枝のやり方だった。
 だが、そのうちに瑞枝は、自分の愚かさに気付いていた。志垣に抱かれれば抱かれるほど惨めに感じる自分。何かを欲しているのだが、何かが分からない。
 そして最近、元夫に出会った。彼は離婚当時と変わっていた。根本は変わっていないのだが、聞く耳を持っていたのだ。
 出会ったのは、例のスナック、今までにも夫は何度か来ていたようなのだが、すれ違いばかりだったらしい。そのことはマスターが教えてくれた。
 ギリギリまで我慢してまで離婚した感情は、覚えている。だが、目の前の彼はまったく違う人になってしまっていた。
 彼も妻と復縁を望んでいるようだ。カウンターで一緒に呑みながら、思い出していたのは知り合った時のことだった。
「今、知り合った時のことを思い出しているんだけど、あなたも私と別れる前には、よく思い出せって言ってたわね」
「ああ、そうだね。僕は今でもその気持ちになっているよ」
 その一言が聞きたかったのかも知れない。時代は逆行してしまったが、この数年間を取り戻せた気がした。
 志垣とはすでに別れていたが、時代を逆行させるためには必要だったのかも知れない。
 通り過ぎていった世界をどうすることもできないが、教訓にできないわけではない。
――もう一度やり直せるかも知れない――
 保険会社も辞めて、もう一度専業主婦も悪くない。瑞枝の決心は固かった。
「あなたらしいわね」
 無理に止めようとはしない恭子だったが、その表情には学生時代の恭子を見た。
 もう黒い手帳を開くこともないだろう。瑞枝の知らない間に、最後のページに大きく夫の名前が刻まれていた……。

                (  完  )
作品名:短編集55(過去作品) 作家名:森本晃次