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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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忘れものを届けに

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「お待たせ」
 彼が出てくる。
「どうだった?」
「調べてくれたけど、まだ届け出はないらしい」
「そうなの。見つかったらいいわね」
「ああ」
「探しに行く?」
「いいよ、後でまた問い合わせてみるから。それより、せっかくなんだし、どこかに行こう」
 私に気を遣ってか、彼はそう言ってくれた。
 でも、いきなりどこかとか言われても、すぐには思いつかない。
「あ、そうだ。久しぶりに、あそこに行こうよ」
 私は少し考えてから言った。
「あそこ?」
「ほら、前に行った遊歩道」
「それもいいか。ぶらぶらと散歩するのも」
 その遊歩道には、途中に有名な甘味処もある。そこで何か食べようと私は思った。
「今日はいっぱいおごってもらうからね」
「いいよ。豚になるまで食わせてやる」
「酷い言い方ね。反省も何もないんだから」
 さすがに休日の遊歩道は人で溢れていた。これでは、のんびり散策どころではない。私たちは人混みを避けて住宅街へと逸れた。あの様子では甘味処にも行列が出来ているだろう。
 入り込んだ道沿いには小さいが歴史のありそうな社寺が幾つもあった。ここには観光客の姿も全くない。
「こんな所があったのね」
「うん。俺も初めてだ。穴場みたいな感じだな」
「いい雰囲気ね」
 タイムスリップしたかのような家並みにホーロー看板、まだこんなものが残っていたのかと驚いてしまうような木製の電柱。
「ちょっと、そこに立ってみろよ」
 隼が言う。
「え?」
「この景色の中で、お前を撮りたくなった」
「何いきなりカメラマンぶってるのよ」
「いいから、そこに立って。そう、柱に手を置いて、少し斜め上を見て――」
 私は言われるままにポーズをとった。
「もういい?」
「おぅ。あ、なかなかいい感じだ」
 写真を見ながら隼が言う。
「ちょっと見せて?」
「な? よく撮れてるだろう?」
「モデルがいいからよ。変に撮れてたら、スマホ壊しちゃうとこだった」
「手厳しいな」
 彼が苦笑する。
「それ、私にも送ってよ」
「もっと撮りたいから、後でまとめてな」
「モデル料高いわよ」
「調子に乗り過ぎ」
「いいじゃん」
「腹減ったな。何か食おうか?」
 彼が言う。
「でも、この辺って――」
「あそこでいいんじゃないか?」
 隼が少し先を指さす。
「えー? あんな店で?」
 それは、住宅街に紛れた古そうな食堂だった。すぐ隣には銭湯もある。
「面白そうじゃないか。昭和レトロって感じだろ?」
「そうねえ」
 確かに、その店は古かった。暖簾をくぐって入ると、あまりの古めかしさに圧倒されてしまった。床はタイル張り、壁は煤けていてお品書きも黄ばんでいる。テーブルの灰皿にはどこかの広告が書かれていたが、その電話番号の局番が一桁なのに私は驚いた。
「はーい、きつねうどんとかつ丼ね」
 おばさんが注文したものを持って来てくれる。
「量、多っ」
 私は思わず言った。
「食えないんなら、手伝ってやるよ」
「いいわよ。これくらい食べられるから」
「無理すんなよ。あとでデザートも食うんだし」
「う……」
 すっかり見透かされている。
 壁のコーナーにテレビがあり、ニュースが流れている。店には私たち以外に客はなく、さっきのおばさんがそれを見ている。お昼どきだというのに、こんなに暇で大丈夫なのだろうかと心配になるくらいだ。
「怖いねえ。事故だってさ」
 その声で、私はテレビの方を見た。
――目撃者の情報によりますと、トラックは赤信号を無視して交差点に進入し、バスの右後方から衝突したとのことです。付近は積荷の鉄筋が散乱し数時間にわたって通行不能の……
「あの事故」
 私は言った。
「ああ、今朝のだな。死者も出たのか。可哀想に」
「でも……」
――死亡したのは所持品から……
「え?」
――身元の確認を急いで……
「うそでしょ?」
「どうした?」
「隼、あなた――」
 冗談でしょ――?
 隼、ここにいるじゃない――?


 目を開けると、そこは白い部屋だった。
 話し声が聞こえる。
『あれ? お母さん? それと、お父さんも?』
 ああ、そうかと私は思い出した。
 事故のニュースを聞いて、気を失ったんだった。
『それくらいのことで、なんでお父さんまで来てるのかしら』
 ちょっと待って――
『あのニュース!』
 事故による死者は1名――いま入った情報によりますと死者は2名。バスの乗客とトラックの運転手で、乗客の方は即死、トラックの運転手は搬送先の病院で死亡が確認され――
 隼!
「すみません……」
 隼の声が聞こえた。
 隼! 生きててくれたんだ!
『よかった』
 私は安堵した。
「……くれますか」
 隼が誰かに言った。何人かが出て行く気配。
「隼……」
「詩音」
「私、ほんとに心配したんだから」
「ごめん」
「ちょっと、どうして泣くのよ」
「俺が……俺が――」
 私は手を伸ばした。
「ねえ、泣かないで話してよ」
「うん、そうだな……」
「もっと、顔を見せて?」
 彼は、黙って私に顔を寄せた。
 ぎこちないキス。
「これを」
 隼が言う。ズボンのポケットから、小さな箱を出して見せた。
「何、それ?」
「こんなの、喜んでくれるかな?」
「どうせまた、変なものなんでしょ? いつものことじゃない?」
 彼はそれをいつものようには私に渡さずに、自ら包装を解いて見せた。
 彼が寂しげに笑う。
「それって、何のジョーク?」
 彼の掌には、エビ天キャラクターのキーホルダーがあった。
「冗談にもならないよな」
「ねえちょっと、隼。おかしいよ。いっつも自信満々なのに、今日はどうして?」
「こんなもののために……」
 彼は私の傍に顔を伏せた。「お願いだ……戻ってくれ……」
「え? ちょっと。何を言ってるの? 私ならここにいるじゃない」
「もう……無理なのか? 笑ってくれないのか? どうしてなんだ?」
「どうしてって……」
「許してくれ」
「それは、さっき――」
「頼むから、目を開けてくれ! 俺を見てくれ! なあ! なんでお前だけ行ってしまうんだよ! そんなのってないだろ⁉ なあ、一緒に特別展行くって約束したろ? 今年のクリスマスは派手にやろうって言ってたじゃないか?」
「……」
「なのに……。どうして――」
 彼はベッドを思い切り叩いた。「どうして、こんなに簡単に死んじまうんだよ!」

 今日は珍しく、彼から誘ってくれたデートだった。
 いつもは私が催促する方だったから、最初は少し驚いた。
 何でも渡したい特別なものがあるとか言っていたが、隼の言う特別な物とは大抵がろくでもないもので、期待するだけ無駄だった。一体どこで手に入れたのか訝しく思えてしまうようなマスコットやカニ爪型のライターなど、もらう方も困ってしまうようなものばかりなのだから。
 でも、今回は彼の方から誘ってくれたのが、私はすごく嬉しかった。今日のために、わざわざ新しい服まで買ってしまうくらいに。
『どうだろ? 似合ってるって言ってくれるかな?』
 私は信号待ちのバスの車窓から外を眺めた。
 彼がどんな反応をしてくれるのか想像し、私はひとり笑みを漏らす。
『自分で誘ったんだから、今日は遅刻しないでよね』
作品名:忘れものを届けに 作家名:泉絵師 遙夏