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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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忘れものを届けに

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「もう、何やってんだろ?」
 私は時計を見た。もう約束の時間から45分も経っている。
 彼が遅れてくるのはいつものことで、そのこと自体には慣れっこだった。
 でもそれはせいぜい10分程度で、これほどまで待たされるのは初めてだった。
 私は携帯電話を見る。
 知らない間に着信かメッセージが来ていないかと思ったが、それもない。
『連絡くらい、くれたっていいじゃない』
 県立図書館の前庭。私はそこのベンチで本を読んでいた。
 二人の住む街は違う。彼は電車とバスを乗り継いで、私はバスでここに来る。
 この図書館は、二人が出会った場所だった。
 ほんの偶然の重なりで、いつしか付き合うようになっていた。
 ここなら待つ時間も気にならないし、静かに時を過ごせる。
 だから、よほど特別な場所に行くのでもない限り、待ち合わせは図書館というルールが出来てしまった。
 デート場所は、大抵は図書館の向かいにある市立美術館だった。
 お互い専門分野は違うものの、趣味では似通ったものをもっていた。
 見た絵についての印象を語り合ったり、画家の生い立ちなどについて知っている知識を披露したり。端から見たら、学生同士の議論のような会話をいつもする。でも、私たちはそれを楽しんでやっていた。
 それにしても、遅い。
『もう、帰っちゃおうかな』
 そう思う。
 だが今日は、久しぶりに彼の方から誘ってくれたデートだった。
 いつもは私の方から催促して、それで日程が決まる。
 30分を過ぎた辺りから何度も帰ってしまおうと思った。それでもあと少しあと少しとずるずると待ってしまっていた。
 今日のために新しい服を買ったので、それを見てもらいたいという気持ちもある。
 それに、何でも今日は私に渡したい物があるとか言っていた。
 まあ、どうせ大したものでもないに決まっている。
 彼がくれるものは、サプライズのつもりなのだろうけど、よく分からないものばかりだった。
 どこで見つけたのか訝しくなる変なマスコットのキーホルダーや、カニ爪型のライターなど、くれるのは嬉しいが困ってしまうものの確率が非常に高かった。
「もうっ、いつまで待たせるのよ」
 その時、芝生を横切って駆けてくる人影が目に入った。
「すまん、詩音(しおん)!」
 私の姿を見つけて走り寄ると、彼は真っ先にそう言った。どれだけ走って来たのか、すっかり息が上がっている。
「ちょっと隼(じゅん)、遅過ぎよ!」
「すまん!」
 彼が繰り返す。肩で息をし、それ以上の言葉が出せないようだ。
「あのね、連絡くらいしてよね。ずっと待ってる身にもなってよ」
「ああ、ホントにすまん」
「ホントにもう」
 私はベンチに座り込む彼に言った。「ちょっと待ってて。何か飲み物買って来るから」
 あの様子ではまともに話も出来ないだろう。私は荷物の番を頼んで、売店へと向かった。
「はい」
 両腕をベンチに投げ出して伸びている彼の頬に、冷えた缶コーヒーを当てる。
「つ、冷てっ!」
 見ていて面白いほど、隼は慌てて顔を上げた。
「喉乾いてるんでしょ」
「あ、ああ。悪い」
「で、一体どうしたのよ、何かあったの?」
 私は遅刻の理由を訊く。
「うん、来る途中でバスの事故があって」
「嘘⁉ それで、大丈夫だったの?」
「俺の乗ってたやつじゃないよ。でも、それで大渋滞に巻き込まれて」
「全然知らなかった。でも、そんな感じなかったんだけど。どこであったの?」
「俺も知らないよ。結構大きな事故だったみたいだけどな」
「ふうん」
 その割には救急車の音も聞こえなかったし、ここでは渋滞が起こっているかどうかも分からない。私が来た時には特に変わったこともなかったから、きっとその後のことだろう。
「バスは止まったきり動かないしさ、だから途中で降りて走って来た」
「どこから?」
「新大橋から」
「マジで? ホントにあんな所から?」
 私は驚いた。新大橋と言えば、ここから3キロ以上は離れている。
「参ったよ。いつもより早く出たのに」
「でも、あなたが無事でよかった」
「そんなの、決まってるだろ。俺は悪運だけは強いんだ」
 そう言って、彼は缶コーヒーを一気飲みした。途端に噎(む)せて咳き込む。
「もう! そんなに慌てて飲むからよ」
 私はその背をさすりながら言った。
「もう喉がカラカラだったから」
「ちょっとは落ち着きなさいよ」
 彼は慌てんぼうと言うか間が抜けていると言うか、そんな所がある。本を読みながらジュースを飲もうとして鼻にストローを挿してしまうような人間なのだ。
「ああ、ズボンが汚れてしまった」
「気をつけないからよ」
「カッコ悪ぅ」
「自分でやったんでしょ」
 私はティッシュを出して屈むと、それにペットボトルの水を含ませて汚れた所を軽く何度も叩いた。
「そういや、詩音。その服」
「え。今頃気づいたの?」
「背中に虫が」
「え? 嘘⁉」
 私は飛び上がった。「嫌よ、どこ、どこよ。早く取ってよ!」
 背中を彼に向け、必死で懇願する。
「嘘だよー」
 彼が笑う。
「あのね!」
 私はこぶしを彼の頬に押し当てて言った。「人がわざわざ染み抜きしてあげてんのに。謝罪も感謝もないの?」
「いや、悪い悪い。ちょっと、あの――何だ。詩音が可愛くてだな……からかってみたくなった」
「え? ああ……そうなの? ――って、なるかっ!」
 私は彼の頭を思い切りはたいた。
 そのせいで缶の中に残っていたコーヒーが跳ねて、またもや彼の服を汚してしまった。
「よく見せてくれよ」
 何とか見られる程度にコーヒーを拭き取った後、彼は言った。
「うん」
「似合ってる。すごく」
「もういい? 恥ずかしいんだけど」
 彼の前に立ち、じっと見つめられると居心地の悪さを憶える。
「こっちに来いよ」
「うん」
 私は彼に並んで腰を下ろした。
「今日の詩音は、見違えるみたいだ」
「有難う。嘘でも嬉しい」
「嘘じゃないよ」
「マジ顔で言われたら、恥ずかしすぎる」
「いや、俺もだな……」
「うん」
 二人は揃って照れ笑いした。
「あ、そうだ」
 彼はポケットに手を突っ込む。
「何?」
「あれ? おかしいな……」
「どうしたの? 何か失くしたの?」
「すまん……。どうも、そうみたいだ」
「何を? 大事なもの?」
「ああ、お前に渡そうと思ってたのに」
「また、変なものなんでしょ?」
「違うよ。今日のはとっておきなんだ。困ったな……」
「隼のとっておきが、一番ヤバい」
「あのな」
「だってそうじゃない。この前は蚊取り線香のピアスだったし」
「あれは冗談だよ。今回のはホントに……」
「いいわ。で、それって何だったの?」
「言えない」
「あ、そ」
 だが彼は、本当に参っているようだ。「それなら警察に届けたら? 誰か拾ってくれてるかもだし」
「多分、走ってた時だと思う」
 私たちはベンチを立って、警察署へ向かうことにした。デートコースに警察などとは、ある意味究極のサプライズとも言える。
 文化ゾーンには図書館と美術館の他にコンサートホールなどの施設もある。その一角に区の警察署もあった。届を出す際、中身がばれるからと私は外で待たされた。よほど驚かせたい何かだったのだろうと、私は考えた。
作品名:忘れものを届けに 作家名:泉絵師 遙夏