<見下ろす花火> 病院の坂道 2
そのとき僕は、香織ちゃんにくっついて歩いた小さい頃を想い出した。
ラウンジは消灯されていて、自動販売機の灯りだけがやけに眩しかった。
「やっぱり誰もいないね。去年もそうだったんだ。花火大会の日にわざわざ病院にくる物好きは祐君しかいない」香織ちゃんはハッキリ断定する口ぶりで僕を指差した。
「うるさいなぁ」香織ちゃんの言葉の中にほんの少しの寂しさを感じ取って、わざと冷たく応える。
「まあまあ、ほら始まったよ」香織ちゃんはパイプ椅子を窓際に移動して座った。
そして、僕がまねをして椅子を動かそうとすると、祐君はこのソファに座って、と大型TVを囲むように置かれたソファを指差した。
僕は特に逆らう事もないと思ってソファに腰を下ろした。
確かに花火は小さく見えるだけだった。
ピンポン玉とは少々過小評価と思えたけど、野球ボール程には大きくは見えなかった。でも、花火の音は本当に低く、小さくポン、ポンと聞こえるだった。
香織ちゃんと僕は暫くそれを黙って見ていた。香織ちゃんの顔をチラっと盗み見ると、その目が潤んでいる様に見えた。
「やっぱり地味だよねぇ」と香織ちゃんはなぜかヒソヒソ声で言う。
「うん。確かに」と僕もつられてヒソヒソ声で答えた。
と「シッ」と人差し指を口に当てた香織ちゃんが言う。
そして「ほら、祐君、ソファの下に伏せて」と僕の頭を押さえ込む。
僕は訳もわからず言われた通りにした。
すると、キュッキュツとゴム底の靴の足音が元気に近づいてきた。
作品名:<見下ろす花火> 病院の坂道 2 作家名:郷田三郎(G3)