東京メランコリズム【中編】
「さっき春子に話しかけてた?」
「うん。会いたいって言ってたよ。」
「そっか…」
「あまり記憶にないんだね…」
「うん…軽い興奮状態なのかもしれない。」
「ねぇ、蓮斗。」
「ん?」
「もう春子さんは居ない。存在しない。」
「わかってる。でもたまに僕を呼んでくる。」
「それは幻聴なんだよ。」
「うん…」
「わかってるならどうして?」
「自分でもわからないよ。」
「春子さんのこと、まだ好きなの?」
「わからない…」
正直な気持ちだった。どうして春子のことを呼ぶのか、どうして春子なのか…蓮斗自身もそれはわからなかった。
蓮斗は未練なら長く付き合っていた秋江に有りそうだとさえ思ったのだった。
「私さ、蓮斗とこの家に住んでもいいかな?」
「いいけど…急にどうしたの?」
「蓮斗のこと見てないと心配で…」
「そっか。ありがとう。」
「その代わりに約束して。」
「ちゃんと治療することを…」
「うん。」
それから蓮斗は秋江の管理の下、同棲することになった。
それからと言うもの、蓮斗の病状は良い方向に向かっているように思えた。欠勤も減り、幻聴も皆無と言っていいほどなくなっていた。明らかに秋江の管理が良かったと言えただろう。
「じゃあ、行って来るね。」
そう言うと蓮斗はアルバイトへ行った。秋江は蓮斗を見送ると自分の仕事へ行った。そんな日々が続いていた。
秋も深まり、冬化粧が待ち構えていた。この日もいつもと同じように蓮斗はアルバイトへ行った。すると新人が入ってくるとのことだった。朝礼が始まった。
「今日から新人さんが入ります。まず一言挨拶をお願いします。」
「ユキと申します。よろしくお願いします。」
「じゃあ…蓮斗くん、ユキさんの教育係をお願いね!」
作品名:東京メランコリズム【中編】 作家名:清家詩音