東京メランコリズム【前編】
蓮斗も小声で話した。
「あれからあの人の声が聞こえたりする?」
「いいえ。大丈夫です。ありがとうございます。」
「そう…良かった。」
そう話していると休憩時間は終わり、みんなは仕事に就いた。いつもと同じように仕事をしているとどこからか蓮斗を呼ぶ声が聞こえた。
「蓮斗…蓮斗…」
蓮斗の耳にははっきりと聞こえた。
「春子…?」
倉庫のラインの音が五月蝿いはずなのに、蓮斗にはそれ以上に大きく自分のことを呼ぶ声が聞こえたのだった。間違いなく大好きだった春子の声だった。それからもラインの騒音をかき消すかのように春子が蓮斗を呼ぶ声が聞こえた。
「蓮斗…」
「春子!」
蓮斗は声を荒げて春子の名前を呼んだ。それに周りで作業をしている人たちは気付いた。そこへなつは手を止めて蓮斗の元へ駆けつけた。
「蓮斗くん、大丈夫?」
「今、春子が…」
「春子さんはもう居ないんでしょ?」
「でも…今…」
「春子さんはもう居ないの!」
「…」
「すみません!蓮斗くん、調子悪いみたいなので早退させてあげてください。」
なつがそう言うと、蓮斗は早退することになった。
「すみません、なんか…でもはっきり聞こえたんです。」
「病院行きなよ、ね?」
なつはそう言ってくれた。職場では蓮斗が声を荒げていた話題で持ち切りだった。普段は黙々と作業をこなしている蓮斗が声を荒げて春子の名前を呼んでいたのが珍しかったのだ。そして蓮斗は病院へ行くことにした。
病院へ着くと蓮斗は呼ばれるのを待っていた。
「蓮斗さん、三番の診察室へお入りください。」
すると蓮斗は三番の診察室へ入っていった。
「今日はどうされましたか?」
「また僕を呼ぶ声が聞こえたんです。仕事を早退させられて病院へ行くように勧められました。」
「そうですか…」
「あれから何回も蓮斗さんを呼ぶ声が聞こえますか?」
「いえ、今日で二度目なんです。でもはっきりと…」
「その方は亡くなった方ですよね?」
作品名:東京メランコリズム【前編】 作家名:清家詩音