東京メランコリズム【前編】
「はい。大丈夫ですよ。」
そして蓮斗となつはデートをすることになった。半ば無理矢理と言っても過言ではなかったなつの誘いに蓮斗は乗った。少しでも春子のことを早く忘れたいという思いがどこかにあったのかもしれない…
そして約束の日が訪れた。約束の時間になるとなつは蓮斗の前に姿を現した。いつもは作業着のなつは女性らしい服装をしていた。その日はフリルの着いたチュニックに、膝より少しばかり短いスカートに、パンプスを履いてきたのだった。それを見た蓮斗は少しばかりドキッとした。
「ねぇ、蓮斗くん、どこ行こうか。」
「とりあえずお茶でもしませんか?」
「よし!決まり!」
そう言うと喫茶店に入った。ふたりはコーヒーを注文した。
「蓮斗くん、今彼女は居る?」
この質問に蓮斗は少しばかり戸惑いを隠せなかった。しかし、なつの明るい問いかけ方に蓮斗は悪い気はしなかった。
「いえ、居ませんよ。ほら、前に職場で…あれ以来居ません。」
「私、立候補しちゃおうかな。」
蓮斗は春子との件について触れられなくて良かったと思った。問われてしまえばきっと春子の面影を思い出してしまいそうだったからだ。新しい恋が出来れば春子のことが頭から離れる、そう感じていたのだ。
「あはは。僕なんかやめておいた方がいいですよ。」
「それは私、フラれたみたいだね。」
そんな会話をしていると注文したコーヒーが運ばれてきた。蓮斗はブラック、なつは砂糖を少量だけ入れていた。
「砂糖だけ入れるんですか?」
珍しく思った蓮斗は聞いた。
「そうなの。変でしょ?私…」
「いいえ。」
「そんなに気を遣わなくていいよ。」
「正直、珍しいなと思いました。」
「あはは。やっぱりね。」
「はい。」
「クリームだけ入れる人は多いけどね。」
クリームと砂糖を大量に入れられていたら蓮斗はきっと春子を思い出していたのだろう。そうではなかったので、蓮斗は少しほっとした様子だった。
少しばかり平穏を取り戻したとはいえ、まだ春子を忘れ切れなかった蓮斗になつの明るさは救いだった。
「蓮斗くん、仕事は慣れてきた?環境も決して悪くないでしょ?」
作品名:東京メランコリズム【前編】 作家名:清家詩音