徳冶朗と亜理須
男性、二階へ上がる鉄階段の前で立ち止まり、一人だけ車に戻り、駐車場から出て行く。ヘッドライドが暗闇から方向を変えて消えていく。
亜理須「お巡りさん、まさかまさか、やで」
巡査「なんのこっちゃ。ストーカーと盗撮もやっとんか」
亜理須「ちょと待ってな」
亜理須、先程撮影した映像を再生する。男女二人の写真。指で拡大する。写真が拡大され二人の男女の写真が写る。奈津実と皹野亨。
亜理須「こりゃえらいこっちゃ。まさかまさか、や」
巡査「何がえらいこっっちゃか判らんが、やっぱし怪しいんで署まできてもらいましょか」
亜理須「お巡りさん、池田市警察署の捜査課の遠山刑事さんに連絡してくれませんか」
巡査「はぁ?」
○ 池田市警察署 捜査課
先程撮影し、再生された朋坂奈津実と皹野亨の拡大写真。
眉を顰め怪訝な表情の刑事、遠山。
遠山「お嬢さん、この写真がどないしたんです」
亜理須「こちらの男性の方、雄一朗さんと同じ会社の人で、ひびの、っていうんです」
遠山、亜理須を見る。
亜理須「この顔、この眉間のところにあるほくろ。見覚えないですか。雄一朗さんのドライブレコーダーに映っていた犯人の眉間のほくろと似てないですか。ほら、」
亜理須、眉間だけが見えるようにおでこ、鼻を隠す。ドライブレコーダーに映っていた犯人の顔と交互にインサート。
亜理須「確かな証拠はありません。ですけど似ているんです。それで刑事さんのお願いがあるんです。」
遠山、亜理須を見る
亜理須「あの事件のあった当日、この男性の裏を取って欲しいんです。たしかなアリバイがあれば別ですが。あと、皹野容疑者、あ、すんません、勝手に容疑者にしちゃって。車の修理の痕跡も調べて欲しんです」
遠山「よし、判った。調べてみよう」
亜理須「お願いします」
遠山「雄一朗さんの婚約者、なんていいましたかな」
亜理須「朋坂奈津実さんのことですか」
遠山「その朋坂さんとその男性とはどういう関係かな」
亜理須「それは、私が調べます」
○ 朋坂奈津実のアパート 通路
眼鏡を掛けた亜理須と昨日の巡査がアパート、ドアの前に佇んでいる。
ピンポーンとボタンを押してチャイムを鳴らす亜理須の人指し指。
奥から「ハーイ」と女性の声がして年配の女性がドアを開ける。
年配の女性が巡査と亜理須を交互にみる。
亜理須「朝早くからすみません。オレオレ詐欺の防犯の件でこの辺を巡回してました。知
らない番号から電話が掛かってきたらすぐ出んといてくださいね。電話器の機能を利用して用件を聞いてから出るという方法もありますし。とそれから、隣に住んでる人の事ですけど、お一人で住まわれて居られるんですか。朋坂さん」
年配の女性「あー、奈津実さんね。同棲はしてないみたいですけど男の人が時々来られてますよ。同じ会社の人で名前が皹野さん、とか。どうやら出来ちゃった婚みたいですよ」
年配の女性、ニヤニヤ笑いながらお腹で曲線を描いてみせる。
〇 奈津実のアパート 奈津実の部屋 ドアの内側
ドアに耳を当てて外の様子を聞いている奈津実。
〇 奈津実のアパート 通路
亜理須「赤ちゃんは奈津実さんと皹野さんの子供さんですか」
年配の女性「当たり前じゃないの、他に誰がいんのよ。先日なんかお二人で産婦人科に行ってきたって言ってたわよ」
年配の女性、ニヤニヤ笑っている。
〇 奈津実のアパート ドアの内側
ドアに耳を当てて外の様子を聞いている奈津実。
奈津実、唇を噛む。
○ 奈津実のアパート 通路
亜理須と巡査が奈津実のドアの前を通る。
亜理須、通りすがり、奈津実のドアを見る
○ 奈津実のアパート ドアの内側
奈津実、背中をドアに宛て息を殺している。
奈津実の顔
○ (回想)奈津実のアパート 十二月 ・ 夜
寒そうな夜空。粉雪がぱらついている。
灯油ストーブの脇で座りながらTVを観ている皹野亨。
奈津実、食卓テーブルの上で玉葱を刻んでいる。傍らにみかんの籠。
奈津実「(TVを観ている亨に)亨、私、赤ちゃんができたみたい」
亨「(TVを観たまま)ふーん、誰の子や」
奈津実、テーブルにあったみかんを亨に投げつける
みかん、亨の服にあたる。亨、動じない。
奈津実「本気でいってんの。あほちゃう、あんた以外、誰の子やと思ってんねん」
亨「さぁ」
奈津実「(またみかんを投げ)ほんま、殺すで。今度言うたら、包丁投げよるで」
亨、向き直り
亨「俺、金ないねん。産んだら金かかる」
奈津実「あほ、パチンコや馬ばっかしよるからそういうことになんねん」
亨「ほな、産むな、堕ろせ」
奈津実、玉葱刻んでいる手が止まる。
奈津実、包丁持ったまま、亨に近づき、亨の目の前に差し出す
亨、驚愕の表情。
奈津実「私は、産む。そしてお腹の子はあんたの子や。これ以上、私の気持ちを逆撫でるようなこというたら、この包丁、そのまま突き刺すで」
亨「わかったよ。」
包丁の先を指で反らす。
亨「金はどうすんねん」
奈津実「金なかったら会社にいって前借するとか親に貰うとか考えりゃいいじゃない」
亨「親には言いとうない。おれ、嫌われとん。あとは、会社やな。会社もあかんなぁ」
亨、暫らく考えている。
○ 某会社 駐車場
パトカーが停車している。
○ 同 受付
遠山が受付で待っているとスーツ姿の皹野がやってくる
遠山が警察手帳をチラリと見せて、
遠山「皹野さんですか。池田市警察署捜査課の遠山といいます。一ヶ月半ほど前の交通事故の件なんやけどな、今時間、よろしいか。すぐ済むさかいに」
皹野「少しなら」
遠山「これは任意やから、嫌ならええんやで」
皹野「もちろん犯人逮捕の為なら喜んで協力しますよ」
遠山「ありがと。ほな一通り聞くけどな、同僚の磐田雄一朗さん、て知ってはるな」
皹野「ええ、もちろん、先日、通夜にいってきました。同じ課の課長と一緒に」
遠山「ああ、火葬場でチラッと見たわ。悪いけどその課長も一緒に呼んでもらえるかな」
皹野「ええいいですよ。」
〇 某会社 受付
山村が大きな体を少し揺らしながらくる。
遠山「お忙しいとこ、すんませんの。雄一朗さんが交通事故を起こし亡くなった日のこと
覚えておられますか」
山村「もちろんです、あの日は近くの居酒屋で内の課の飲み会がありましてな、私と、この皹野も一緒にいきましたわ。雄一朗くんも同席してはりました」
遠山「疑うわけではありませんがあの日お二人はどう行動されてました。雄一朗さんのことも判っていたら教えていただきたいのですが」
山村「アリバイですかな。もちろんいいですよ。市内の居酒屋で同じ課の人間たち六、七人でお酒を飲みまして、一、二時間程で終わりまして、それからそれぞれみんなタクシーで帰りました。なぁ(皹野に同意を求める)」
遠山「皹野さんもタクシーで帰られたんですか」
皹野「もちろんです。お酒飲んでましたから。車で帰ったら飲酒運転ですよ」