徳冶朗と亜理須
奈津実「あと数ヶ月で赤ちゃんが生まれます。私一人で育てます。赤ちゃんが少し大きくなって私も働けるようになったら子供をつれておじいちゃんおばあちゃんに逢いに来ます。ただ、正直、今はお金がありません」
奈津実、咽るように泣く。
奈津実「こういうことを言ったたら雄一朗さんは怒るかもしれません。ですけど、ごめんなさい。」
奈津実、また泣く。
奈津実「お金が必要なんです。お義父様、お義母様大変申しわけありませんが子供の養育費を工面していただけないでしょうか」
徳治朗「もちろんだよ。あたりまえのことじゃないか。喜んでさせてもらいますよ」
登紀子「なにも泣かなくてもいいんですよ。奈津実さん」
徳治朗「ところでいくら必要なんだい」
奈津実、きりっと顔をあげて
奈津実「五千万お願いします」
徳治朗「五千万?」
登紀子、五十八、静香、亜理須、互いに顔を見合す。
徳治朗「五千万は大金だな。そんなにかかるもんかね。うーん。でもなんとかしよう。毎月少しずつ送金でいんだろ」
奈津実「いいえ、一度に五千万です」
徳治朗「一度にって、うちにゃそんなお金ないな」
奈津実「あります」
全員、奈津実を見る。
奈津実「雄一朗さんは五千万の生命保険に入っておられました。受取人は磐田徳治朗様、つまりお義父様です。以前見せてもらったことがあります」
静香「そういう場合、本来だったら奥様名義にされるんじゃないの」
奈津実「婚約者であって、戸籍上は正式な妻ではありませんので」
静香、変に頷いている。
奈津実「生命保険の証書は遺品回収業者の方が整理されて雄一朗さんの会社の方がお義父様にお渡しになっている筈です」
徳治朗「そうだったのか。返ったら確認してみよう」
五十八「本当に、雄一朗の子供かねぇ」
五十八、呟くようにいいながら。お調子の日本酒を飲む。
目が釣りあがる奈津実。
徳治朗「五十八、なんてこと言うんだ、失礼だろうが」
登紀子「そうよ、誤りなさいいよ」
五十八「(飲みながら)否、おれは謝らね。婚約者で雄一郎の子供だとしたら、証拠をみせてみなよ。本当だったら、おれ謝る。土下座して謝る。それまではいくら婚約者かしんねぇけどおれは信じねぇし謝りもしねぇ」
静香「DNA検査という方法もあるよね」
徳治朗「DNA?」
亜理須「唾液とか毛髪などを使用して本当の親子関係が成立するかどうか検査する方法ね。
いいかもしんない」
奈津実、目が釣りあがる
奈津実「皆さん、何ですか。雄一朗さんに失礼だとは思いませんか。恥を知ってください。私、不愉快です。帰らせていただきます」
奈津実、席を立つ。帰り際、振り返って
奈津実「私DNA検査なんかしませんからね。なんといってもこのお腹の赤ちゃんは雄一朗さんの子供ですからね。間違いありません。ひと月待ちます。お義父様お義母様、生命保険金の手続き忘れないでお願いしますよ。また電話します。失礼します」
奈津実、怒ってでていく。
徳治朗、五十八をみて
徳治朗「言い過ぎだぜ、失礼だろうが。本当の子供だったらどうするんだい」
五十八「だから、本当だった土下座して謝るといっただろ」
徳治朗「土下座で済むことかいな。まったくなんてことしてくれたんだ。困った困った」
亜理須「磐田さん、とりあえず、生命保険の手続きを始めてください。私、行ってきます」
徳治朗「どこへ」
亜理須「大阪へ。奈津実さんが住んでいるところへ。いったら何かわかるかも。」
徳治朗「そのためにわざわざ大阪にいくのかい」
亜理須「実家に帰っておかんに、母に話することがあるんです。そのついでです。心配せんといてください」
徳治朗「いいのかなぁ。せめて交通費くらい出さんと」
亜理須「いいんです。それに、少し気になることが……」
徳治朗「なんだい気になることって」
亜理須「それは帰ってからご報告させてもらいます」
亜理須、目がきらきらしている。
○ 名神高速道路
走っている黄色い車
○ 吹田サービスエリア 駐車場
停まっている亜理須の黄色い自動車
車の助手席にサンドイッチ。
亜理須はアイスクリームを頬張りながらメモ用紙を見ている。(大阪府池田市の住所)
(回想)
○ 寺院 廊下
徳冶朗と亜理須が話している
亜理須「朋坂奈津実さんのご住所、教えてくれませんか」
徳冶朗「住所まではわからんなぁ」
亜理須「あの、四十九日法要が始まる前に受付で御仏前、と書かれたお香典を受け取ったと思いますがその裏に住所が書いてある筈です」
徳冶朗「そうか、すぐ調べるから…」
(回想戻る)
○ 吹田サービスエリア内 駐車場
亜理須、カーナビに住所を打ち込む。
○ 公園近くの路上
双眼鏡を覗いている亜理須。
黄色い乗用車が公園近くの路上に停まっている。
車の中から奈津実のアパートの方向を双眼鏡で見ている亜理須。
○ 朋坂奈津実のアパート 外景 (夕刻)
一階三室二階三室、一棟のアパート。乗用車が六台駐車できる駐車場に四台駐車している。
○ 公園近くの路上
黄色い乗用車の後方からパトロール中の自転車に乗った巡査が近づいてくる。
亜理須「(双眼鏡を見ながら)一人で来るか、二人で来るか」
自転車に乗った巡査、黄色い乗車をチラリ見して、そのまま脇を通りすぎる。
亜理須「あ、お巡りさんや」
亜理須、双眼鏡を隠す。
巡査、後方振り返って見るがそのまま通り過ぎる。
○ 公園近くの路上
外景がオレンジ色から彩度の無い暗闇へと変化する。
亜理須の声「来うへんなぁ」
○ 亜理須の車の中
スマホで電話している亜理須。
亜理須「お姉ちゃん、忙しいとこごめんな、お母ちゃんの具合、どうなん?」
亜理須の姉の声「来月、退院しよるで。退院したらな、少しリハビリ続けて、老人介護施設の空きがでたら入所の予定なん」
亜理須「お姉ちゃんばっかりにお母ちゃんの面倒見さしてごめんな。今、池田市に来とん。あとで病院よるさかいに、何時までおんねん。……うん、わかった。ほなあとでな」
突然、車の窓ガラスをトントンと叩く音がして、先程の巡査が覗きこむ。
巡査、窓を下ろせ、というジュスチャー。亜理須、自動で窓を下げる。
巡査「あんた、ここで何しとんねん。夕方からずーっと、いるのは見て、しっとるで。場合によっては署まで同行してもらうことになるで。」
亜理須、首を窄めて畏まっている。
亜理須「あの、見張ってるんです」
巡査「誰をや。あんた女刑事かいな(ジロジロ見て)そうでもないな」
ヘッドライトを照らし、一台の黒い乗用車が奈津実のアパートの駐車場に停まる。
亜理須「(指を指し)あ、来た。お巡りさんも頭下げて」
亜理須も頭を下げる。
運転席から男性が、助手席から女性が降りてくる。
ヘッドライトが部屋に向かう二人の男女を照らしている
亜理須「(竦めた首を伸ばし)あー!」
巡査「どないしたんや」
亜理須、すばやくスマホを取り出し、カメラ機能で連続シャッターを切る。