新作落語 三『頭』旅
番頭「そこんとこが難しい……こないだのペスターさんはお二人ってことでお願いいたしやしたが……フォッ、フォッ、フォッ、フォッ……」
左「その声は……おめぇ、人間に化けてるが、さてはバルタン星人だな?」
番頭「おや、良く見抜かれましたな」
中「そりゃそうよ、バルタン星人っていやぁ名が通ってるぜ、油断ならねぇ奴だってな」
番頭「そいつは心外ですな、確かに昔は地球侵略を企んでましたがね、今じゃ心を入れ替えて正直を旨として真っ当に働いてるんですがな」
右「そうか、そりゃお見それしたな、まあ、同じ宇宙から来たもん同士ってことで勘弁してくれ」
番頭「へいへい……お~い、おみ足をすすぎ……って、人間の女じゃいつまでかかるかわかりませんな」
左「いるのかい? 女の怪獣が」
番頭「へぇ、女の怪獣は少のうございますがな……ラゴンや、ラゴンや」
ラゴン「は~い」
中「ほう、お前さんがラゴンかい……もっとも、ぱっと見じゃ男か女かわからねぇけどな」
右「失礼なこと言うもんじゃねぇよ、ちゃんと胸が膨らんでるじゃねぇか」
左「ああ、本当だ……」
ラゴン「良いんですよぉ、乳がなきゃ男か女かわかりませんものね」
中「悪かったな、ああ、いい気持だ、宿屋について足を洗ってもらうのは旅の楽しみのひとつだな……時に番頭さん、このうちにゃ呼ぶと夜来てくれるような女はいるかい?」
番頭「……(ラゴンの方へ向けて目配せ)」
右「え?……こいつが?……いや、今のは聞かなかったことにしてくんねぇ」
左「ときに番頭さん、夕飯はなんだい?」
番頭「へい、何なりとご用意いたしますが」
右「俺ぁ、鰻が食いてぇな、ここらの名物だって言うじゃねぇか」
左「いやいや、せっかくの海っぷちだ、生きのいい魚、刺身が食いてぇな」
中「また勝手なこと言いやがって、腹はひとつだってこと忘れんじゃねぇぞ……俺ぁ生魚はちと苦手なんだ、塩焼きってのはどうだ? 鯨かなんかの」
番頭「鰻に刺身に鯨の塩焼きでございますか、ちとスケール感にばらつきがおありのようで……」
右「スケール感? この噺にゃそんなもの最初からねぇんじゃないかい?」
番頭「それではこの噺をお聴きになるお客様の頭に浮かぶイメージと言うものが……」
左「だからよ、そのイメージの限界に挑戦していただこうって寸法よ」
番頭「そうですかぁ?……本当ですか?」
中「まあ、そういうことにしといてくんねぇ」
番頭「でしたらあたしも本性を現すといたしやしょうか……フォッ、フォッ、フォッ、フォッ」
右「おう、その姿とサイズの方が話がしやすいや」
番頭「お食事の方ですがな、人間に出す分とは量が違いますので三分の一づつと言うことでも構いませんが」
左「おう、そうしてもらいてぇな、頭は三つでも腹はひとつなんでな」
番頭「鯨の方は丸焼きではなく半身と言うことでも?」
中「ああ、それで構わねぇぜ」
右「それから酒なんだけどな、三人ともいけるクチなんだ」
番頭「上酒を三樽と言ったあたりではいかがで?」
左「おう、それでいいぜ」
中「それからよ、せっかくの大きな宿場だ、芸者に幇間なんてのは呼べるかい?」
番頭「はいはい、お呼びいたしますよ」
右「じゃ、頼んだぜ、酒の前に風呂にへぇりてぇんだが、この通り俺らにゃ腕ってもんがねぇんだ」
番頭「なるほど、不自由でございますな、普段はどのように?」
左「お互いに口にぬか袋を咥えて洗いっこだ」
番頭「なるほど……でもお背中はそれで届きますか?」
中「背中はこの二本のしっぽがあらぁ」
番頭「ああ、なるほど」
右「でもよ、やっぱり口だのしっぽだのじゃ上手く洗えねぇや、三助なんか頼めるとさっぱりするんだがな」
番頭「承知しました、ご用意いたしましょう」
左「頼んだぜ」
三助「ええ、三助のお呼びはこちらでしょうか」
中「おう、こっちだこっちだ……誰かと思えば、ジャミラじゃねぇか、確かお前ぇは水には弱いんじゃなかったか?」
三助「へぇ、水をかぶると溶けてしまいますんで」
右「そんなんで三助やっても大丈夫かい?」
三助「へぇ、ですんでゴム長とゴム手袋で備えております」
左「なるほど、準備は万端ってわけだ、じゃ、すまねぇがやってくんねぇ」
三助「へぃ……こりゃぁ大きな翼でございますね」
中「そうだろう? 自慢なんだ」
三助「あっ、動かさないで! しぶきがかかるっ」
右「おっとすまねぇ……しかしなんだね、お前ぇ、一番向いてないことやってるんだな」
三助「これが本職じゃないんですよ、普段は風呂焚きでして」
左「なるほどな、そっちはうってつけだ」
三助「へぃ、熱くて乾燥してればしてるほどあたしにゃ快適でして……こんなところでいかがで?」
中「ああ、いいぜ、さっぱりした……ちったぁ濡れたろう? 早く釜の前に行って乾かしねぇ」
三助「へぇ、ありがとう存じます……」
中「ああ、いい湯だったじゃねぇか」
左「そうだな、ちっと三助に気は使ったけどな」
右「番頭さん、酒肴はまだかい?」
番頭「相済みません、何分量が多ぅございましてフォッ、フォッ、フォッ、フォッ……」
中「そうかい、時に、今日は歩き疲れて脚が棒なんだがな、酒肴の用意ができるまでで良いんだがな、按摩さんは頼めるかい? どうだ、俺の脚を揉める按摩はいるかい?」
番頭「へぇ、おりますですよ、見るからに按摩に向いてそうなのが」
右「それはどんな奴だい?」
番頭「へぇ、いつも腰を揉むような手つきをしてるやつでして」
左「わかった! ガラモンだな!」
ガラモンに脚を揉んでもらってだいぶ楽になって来たころでございます。
番頭「夕餉の準備が整いましてございます、お酒の方もおひとり様……じゃなくておひと頭様にひと樽づつご用意いたしました」
中「おうよ、こいつはうまそうだ、ご苦労だったな……おお、ちょうど芸者が来たみてぇだな」
芸者「こんばんわぁ」
中「なんだ? 人間か?」
芸者「化けてるんですよ、地球の男たちと来たら若くてきれいな女を見れば鼻の下を伸ばすんでねぇ」
中「俺も宇宙怪獣だからな、美人の基準も地球のもんとは違うぜ、本性を現してもらえねぇか?」
芸者「ようございますよ……これでいかが?」
中「おお、お前ぇはピット星人だな? 美少女宇宙人って有名だぜ」
芸者「おや、よくご存じで、さすがキングギドラさんだねぇ、でもこの歳になって美少女ってのも照れ臭いよぉ」
中「ちょいと年増になってもイケてるぜ、却って色気があっていいや……ときにお前ぇ、三味線弾くのか?」
芸者「稽古したんだよう」
中「普通の三味線とは違うみたいだが?」
芸者「この大きさの三味線に張れる猫皮はないからねぇ」
中「確かにな」
芸者「そうさ、だからこれはソリッドボディのエレキ三味線なんだよ」
中「エレキって、お前ぇ、この時代にはまだ電気が……」
芸者「あたしには下僕がいるのをお忘れでないか?」
中「あ、エレキングか」
芸者「そうだよぉ、一つ陽気にかき鳴らすよ」
中「おう!」
幇間「こんつぁ、お座敷はこちらで……よっ、ギドラの旦那、相変わらずお強そうですな」
中「おう、遅かったじゃねぇか、お前が幇間だな? 俺ぁ今ノリノリなんだ、人間サイズじゃ踏みつぶしちまうぜ」
作品名:新作落語 三『頭』旅 作家名:ST