新作落語 三『頭』旅
古典落語「三人旅」には仲の良い三人組が出てまいります、「宿屋仇」も同様でございますな、道中連れ立つには仲が良いに越したことはないのですが、この噺に出て来る三人組は仲が悪いのにも関わらず一緒に旅をしなくてはならないのでございます、それはどのような状況かと申しますと……。
中「よう、正面を見ねぇ、いい夕日じゃねぇか」
右「いや、右を見ねぇ、富士が赤く染まって、そりゃぁ絶景だぜ」
左「いやいや、左を見てみねぇ、波に夕日が当ってきらきら輝いてらぁ」
右「どれどれ、なんでぇ、海なんかどこでも同じじゃねぇか」
左「そっちこそ富士なんてのは他でも見れらぁ」
中「オイ!右だ左だって巻きつくんじゃねぇ!」
右「こりゃいけねぇ」
左「首が三つ編みになっちまった」
中「ほどけ、ほどけ……ふう、右と左で喧嘩してんじゃねぇ、俺たちゃキングギドラだってことを忘れてんじゃねぇぞ」
右「面目ねぇ」
左「だけどよ、『俺達』じゃねぇぜ、俺様がキングギドラなんだ、お前らは付け足しだ」
中「何だと?」
右「聞き捨てならねぇな、これでも食らえ」
左「痛ぇ! 噛み付くんじゃねぇ」
中「俺も聞き捨てならねぇぞ」
左「何だ! よってたかって、ならばこうしてやる」
右「痛ぇ!」
中「腹に噛み付くな! お前だって痛ぇだろうが」
左「いっぺんに噛み付くにゃこうするほかねぇだろうが……だけど確かに俺も痛ぇや」
中「俺たちゃ一蓮托生だ、仲良くしなくちゃいけねぇぜ、だけどよ、腹と言ゃぁ、腹が減ったな」
右「ああ、俺は鰻が食いてぇな、ここらの名物だって言うじゃねぇか」
左「鰻なんざどこでも食えらぁ、せっかく海っぷちなんだ、俺ぁ刺身が食いてぇ」
中「おっと、また喧嘩を始めるんじゃねぇぜ、俺までとばっちりを食っちまうからな……いや、今日は良く歩いたな、さすがに足が棒のようだぜ」
右「そうだな」
左「違ぇねぇ」
馬子「そこの旅のお人、お疲れだんべ、馬ぁやるべぇか」
中「おう、馬くれるのかい? ちょうど小腹が減ってたとこだ」
馬子「生きた馬食うやつがあるけぇ……と思ったけんど、あんれまあ、えかくでけぇと思ったらキングギドラさんじゃねぇか」
右「そう言うお前ぇはだれだい? やけに包帯だらけの野郎だな」
馬子「おらぁ、ミイラ人間だぁ、馬ぁいらんかね?」
左「馬ってこいつか? おいおい、こいつは馬かい?」
馬子「説明が面倒だで、馬で通してるけんども、本当はドドンゴだぁ」
中「そりゃそうだろうよ、こんなにでけぇ馬は見たことがねぇからな」
馬子「ドドンゴに乗りなさらんかね? えかく速ぇでよ」
右「乗ってやらんでもねぇが、いくらでやる?」
馬子「そうさなぁ、一人二百でどうかね?」
左「一人二百って、こっちは一人じゃねぇか」
馬子「冗談言っちゃなんねぇ、三人様だろうに」
中「あのな、俺たちゃ頭は確かに三つだけどよ、体はひとつじゃねぇか」
馬子「あんれ、こないだぺスターさん乗っけただども、二人分下さっただよ」
右「そりゃお前ぇ、あっちは頭が一つで体が二つだろうが」
馬子「それにしても一人分ってのは殺生だぁ」
左「まあ、確かに一人分ってこたぁねぇな、どうだい? 三百で手を打たねぇか?」
馬子「あんれ、キングギドラさんともあろうお人が意外にケチだね」
中「まあ、そう言わねぇでくれよ、ゴジラ最大のライバルとか言われちゃいるが、実は勝ったためしがねぇのよ」
馬子「ははは、そりゃ違ぇねぇだ、よかっぺ、どのみち帰りだ、三百でやりやしょう」
右「ありがとうよ、ときに、ドドンゴってのは随分速いらしいじゃねぇか」
馬子「本気で走るとマッハ1.5だぁ」
左「そいつはすげぇな、人間じゃとてもしがみついちゃいられねぇだろ」
馬子「そりゃそうだ、ドドンゴもたまには思い切り疾りてぇだろうけんどお客の身がもたねぇ」
中「俺らなら大丈夫だぜ」
馬子「ああ、確かにそうだ、一丁、試してみるだかね?」
右「おう、やってくんねぇ」
馬子「乗ったらしっかりと掴まっててくだせぇよ……はいや!」
ビュッ!
左「おいミイラ人間、ドドンゴはどこへ行った?」
馬子「今頃はもう宿場についてると思うけんども」
中「初速がマッハ1.5かい? 驚いたな、消えちまったかと思ったぜ」
右「だけどどうすんだよ」
左「もう足が棒みたいになっちまって歩くのは勘弁だぜ」
馬子「なあに、おめぇさま、立派な翼を持ってるでねぇか」
中「あ……それを早く言えよ」
馬子「あんれ、気がついてなかっただかね? 案外抜けてるところがありやすね」
右「余計なお世話だ。乗せてもらってねぇんだから、駄賃はいらねぇな?」
馬子「そうだな、貰うわけにもいかねぇね、だけんども」
左「だけど、なんだい?」
馬子「ドドンゴが先に行っちまったもんで、おらを宿場まで乗っけて行ってもらいてぇ」
中「調子のいい野郎だな、だが、まあ、お前ぇ一人くらいならなんてこともねぇ、乗るがいいぜ」
馬子「ありがとうごぜぇやす、キングギドラさんはどれくらい速いかね」
右「マッハ3だな」
馬子「あんれ、ドドンゴの倍でねぇか、とてもしがみついちゃいらんねぇだ」
左「まあ、安心しな、いきなりマッハ3が出るわけじゃねぇや、その前に着いちまうだろうよ」
馬子「そうかね、それじゃ……おお、高く飛びなさるだね、これはええ眺めだ……あ、キングギドラさん、降りてくんろ、ドドンゴがいたで」
中「おう、確かにいるな、いいぜ、宿場に着いたようだしな、しっかりつかまってろよ……あらよっと」
右「なんだ、道についてるこの溝は」
馬子「ドドンゴが疾った跡だんべ」
左「え? そうかい? ああ、確かにずっと向こうまで続いてらぁ」
中「こいつ人を踏みつぶしちゃいねぇか?」
馬子「そんなことぁ滅多にねぇだ」
右「日に三べん位だなんて言うなよ」
馬子「とんでもねぇこった、日にいっぺんあるかないかだ」
丁度夕暮れ時とありまして、宿場町では泊り客の争奪戦がにぎやかに繰り広げられております。
客引「おじちゃん、宿は決まってるのかい? うちに泊まっておくれよぉ」
中「なんだ、子供の客引きかい? 普通は女が引くもんだがな」
右「まあ、人間じゃ俺らの袖どころか草鞋の紐も引けねぇだろうからな……おう、よく見りゃカネゴンじゃねぇか」
左「怪獣専門ってわけだ」
客引「ねぇ、泊っておくれよ、おいら腹が減って腹が減って」
中「なんだ、飯もちゃんと食わせてくれねぇのか、おめぇんとこは」
客引「おいら、金しか食わないから……」
右「文字通り金食い虫ってわけか」
客引「虫じゃなくて怪獣だい」
左「ははは違ぇねぇ、こりゃ悪かったな、よし、詫びのしるしに泊ってやろうじゃねぇか……それからこいつはおめぇにだ」
客引「わぁ、ありがとう……あれ? これ、一文銭だね」
中「おうよ」
客引「これくらいじゃあんまり腹の足しには……」
右「文句言うねぇ」
客引「ああ、そういえば、おじちゃんはゴジラに勝ったことなかったもんね」
左「あれっ、こいつ、遠慮がねぇなぁ」
客引「ここだよ、キングギドラのおじちゃん、一・文・銭をありがとう」
中「いちいち言いふらしやがるなぁ」
番頭「これはこれはようこそお泊りで、お~い、三人さんお上がりになるよ」
右「三人? 一人だろう?」
中「よう、正面を見ねぇ、いい夕日じゃねぇか」
右「いや、右を見ねぇ、富士が赤く染まって、そりゃぁ絶景だぜ」
左「いやいや、左を見てみねぇ、波に夕日が当ってきらきら輝いてらぁ」
右「どれどれ、なんでぇ、海なんかどこでも同じじゃねぇか」
左「そっちこそ富士なんてのは他でも見れらぁ」
中「オイ!右だ左だって巻きつくんじゃねぇ!」
右「こりゃいけねぇ」
左「首が三つ編みになっちまった」
中「ほどけ、ほどけ……ふう、右と左で喧嘩してんじゃねぇ、俺たちゃキングギドラだってことを忘れてんじゃねぇぞ」
右「面目ねぇ」
左「だけどよ、『俺達』じゃねぇぜ、俺様がキングギドラなんだ、お前らは付け足しだ」
中「何だと?」
右「聞き捨てならねぇな、これでも食らえ」
左「痛ぇ! 噛み付くんじゃねぇ」
中「俺も聞き捨てならねぇぞ」
左「何だ! よってたかって、ならばこうしてやる」
右「痛ぇ!」
中「腹に噛み付くな! お前だって痛ぇだろうが」
左「いっぺんに噛み付くにゃこうするほかねぇだろうが……だけど確かに俺も痛ぇや」
中「俺たちゃ一蓮托生だ、仲良くしなくちゃいけねぇぜ、だけどよ、腹と言ゃぁ、腹が減ったな」
右「ああ、俺は鰻が食いてぇな、ここらの名物だって言うじゃねぇか」
左「鰻なんざどこでも食えらぁ、せっかく海っぷちなんだ、俺ぁ刺身が食いてぇ」
中「おっと、また喧嘩を始めるんじゃねぇぜ、俺までとばっちりを食っちまうからな……いや、今日は良く歩いたな、さすがに足が棒のようだぜ」
右「そうだな」
左「違ぇねぇ」
馬子「そこの旅のお人、お疲れだんべ、馬ぁやるべぇか」
中「おう、馬くれるのかい? ちょうど小腹が減ってたとこだ」
馬子「生きた馬食うやつがあるけぇ……と思ったけんど、あんれまあ、えかくでけぇと思ったらキングギドラさんじゃねぇか」
右「そう言うお前ぇはだれだい? やけに包帯だらけの野郎だな」
馬子「おらぁ、ミイラ人間だぁ、馬ぁいらんかね?」
左「馬ってこいつか? おいおい、こいつは馬かい?」
馬子「説明が面倒だで、馬で通してるけんども、本当はドドンゴだぁ」
中「そりゃそうだろうよ、こんなにでけぇ馬は見たことがねぇからな」
馬子「ドドンゴに乗りなさらんかね? えかく速ぇでよ」
右「乗ってやらんでもねぇが、いくらでやる?」
馬子「そうさなぁ、一人二百でどうかね?」
左「一人二百って、こっちは一人じゃねぇか」
馬子「冗談言っちゃなんねぇ、三人様だろうに」
中「あのな、俺たちゃ頭は確かに三つだけどよ、体はひとつじゃねぇか」
馬子「あんれ、こないだぺスターさん乗っけただども、二人分下さっただよ」
右「そりゃお前ぇ、あっちは頭が一つで体が二つだろうが」
馬子「それにしても一人分ってのは殺生だぁ」
左「まあ、確かに一人分ってこたぁねぇな、どうだい? 三百で手を打たねぇか?」
馬子「あんれ、キングギドラさんともあろうお人が意外にケチだね」
中「まあ、そう言わねぇでくれよ、ゴジラ最大のライバルとか言われちゃいるが、実は勝ったためしがねぇのよ」
馬子「ははは、そりゃ違ぇねぇだ、よかっぺ、どのみち帰りだ、三百でやりやしょう」
右「ありがとうよ、ときに、ドドンゴってのは随分速いらしいじゃねぇか」
馬子「本気で走るとマッハ1.5だぁ」
左「そいつはすげぇな、人間じゃとてもしがみついちゃいられねぇだろ」
馬子「そりゃそうだ、ドドンゴもたまには思い切り疾りてぇだろうけんどお客の身がもたねぇ」
中「俺らなら大丈夫だぜ」
馬子「ああ、確かにそうだ、一丁、試してみるだかね?」
右「おう、やってくんねぇ」
馬子「乗ったらしっかりと掴まっててくだせぇよ……はいや!」
ビュッ!
左「おいミイラ人間、ドドンゴはどこへ行った?」
馬子「今頃はもう宿場についてると思うけんども」
中「初速がマッハ1.5かい? 驚いたな、消えちまったかと思ったぜ」
右「だけどどうすんだよ」
左「もう足が棒みたいになっちまって歩くのは勘弁だぜ」
馬子「なあに、おめぇさま、立派な翼を持ってるでねぇか」
中「あ……それを早く言えよ」
馬子「あんれ、気がついてなかっただかね? 案外抜けてるところがありやすね」
右「余計なお世話だ。乗せてもらってねぇんだから、駄賃はいらねぇな?」
馬子「そうだな、貰うわけにもいかねぇね、だけんども」
左「だけど、なんだい?」
馬子「ドドンゴが先に行っちまったもんで、おらを宿場まで乗っけて行ってもらいてぇ」
中「調子のいい野郎だな、だが、まあ、お前ぇ一人くらいならなんてこともねぇ、乗るがいいぜ」
馬子「ありがとうごぜぇやす、キングギドラさんはどれくらい速いかね」
右「マッハ3だな」
馬子「あんれ、ドドンゴの倍でねぇか、とてもしがみついちゃいらんねぇだ」
左「まあ、安心しな、いきなりマッハ3が出るわけじゃねぇや、その前に着いちまうだろうよ」
馬子「そうかね、それじゃ……おお、高く飛びなさるだね、これはええ眺めだ……あ、キングギドラさん、降りてくんろ、ドドンゴがいたで」
中「おう、確かにいるな、いいぜ、宿場に着いたようだしな、しっかりつかまってろよ……あらよっと」
右「なんだ、道についてるこの溝は」
馬子「ドドンゴが疾った跡だんべ」
左「え? そうかい? ああ、確かにずっと向こうまで続いてらぁ」
中「こいつ人を踏みつぶしちゃいねぇか?」
馬子「そんなことぁ滅多にねぇだ」
右「日に三べん位だなんて言うなよ」
馬子「とんでもねぇこった、日にいっぺんあるかないかだ」
丁度夕暮れ時とありまして、宿場町では泊り客の争奪戦がにぎやかに繰り広げられております。
客引「おじちゃん、宿は決まってるのかい? うちに泊まっておくれよぉ」
中「なんだ、子供の客引きかい? 普通は女が引くもんだがな」
右「まあ、人間じゃ俺らの袖どころか草鞋の紐も引けねぇだろうからな……おう、よく見りゃカネゴンじゃねぇか」
左「怪獣専門ってわけだ」
客引「ねぇ、泊っておくれよ、おいら腹が減って腹が減って」
中「なんだ、飯もちゃんと食わせてくれねぇのか、おめぇんとこは」
客引「おいら、金しか食わないから……」
右「文字通り金食い虫ってわけか」
客引「虫じゃなくて怪獣だい」
左「ははは違ぇねぇ、こりゃ悪かったな、よし、詫びのしるしに泊ってやろうじゃねぇか……それからこいつはおめぇにだ」
客引「わぁ、ありがとう……あれ? これ、一文銭だね」
中「おうよ」
客引「これくらいじゃあんまり腹の足しには……」
右「文句言うねぇ」
客引「ああ、そういえば、おじちゃんはゴジラに勝ったことなかったもんね」
左「あれっ、こいつ、遠慮がねぇなぁ」
客引「ここだよ、キングギドラのおじちゃん、一・文・銭をありがとう」
中「いちいち言いふらしやがるなぁ」
番頭「これはこれはようこそお泊りで、お~い、三人さんお上がりになるよ」
右「三人? 一人だろう?」
作品名:新作落語 三『頭』旅 作家名:ST